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つぶやきすれっど2

314犀角独歩:2003/01/15(水) 09:51

祐二さん

>>要は、本仏である日蓮遺文は挙げられないということですね。
>『日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり。』(開目抄)
> 僕はこれだけで充分信じられるのですが、独歩さんには不足

不足であるとか何とかいう憶測を一々書き付ける必要はありません。
私はそんなに粘着質ではありませんし、「ああ思うだろう、こう思うだろう」という他人の感情を探るような言葉を一々挟むとそれでなくても長くなる文章がもっと長くなるでしょう。今後、ご無用に願います。

さて、「しうし父母」だとなぜ、本仏なんでしょうか。

> 「末代の法華経の行者」の方が「お釈迦様」より偉い仏様

この“解釈”には賛成しかねます。これは衆生側の功徳を論ずることであって、仏の優劣を論じるものではありません。それはそれとして、

(7)仮に法華経の行者のほうがお釈迦様より偉いとしても、なんでそれが本仏であると言えるのですか。

また、あなたの記述によると法華経の行者(本仏)、お釈迦様(権仏)として、その優劣を論じ、さらにこのお二方を別体の如き口ぶりですね。これは如何なることでしょうか。たしかあなたは寛師全面肯定論者と言うことでした。以下はご存じの寛記雑々「蓮祖は即ち是れ釈尊の事」というのです。

また、先にも寛師とまったく本地・垂迹説を展開していました。
この本地・垂迹(もちろん、本門・迹門とは別)に就き、寛師は『蓮祖の本地内証外用の事』に

「凡そ蓮祖大聖人は若し外用を論ぜば本化上行菩薩の再誕、諸抄の中に或は仏の御使と云ひ、或は霊山相伝等と云ふが如き是れなり。若し内証を論ずれば、久遠元初の本因妙の教主釈尊なり」

といい、石山の同体異名の相伝を論じます。まさか寛師全面肯定のあなたが知らないわけもないでしょう。となれば、

(8)「「法華経の行者」の方が「お釈迦様」より偉い仏様」などと別体の如く論じることは寛師の跡を冒涜し、石山の相伝を蔑ろにするものではありませんか。

もちろん、私は寛師の実否を問い、相伝の是非も論じます。しかし、ここにおいて、寛師全面をうたい文句にするあなたが寛師とまったく違う“解釈”をもって論じられてはますます話はわかりづらくなります。

(9)いったい、あなたは寛師を肯定しているのですか、否定しているのですか。

> 過ぎたる疑いは何も生まず、かえって害になるのではないでしょうか?

確かに疑わなければ自分のぬくぬくとした考えのなかで一生を終えることができるでしょう。しかし、この信・疑については既にみかんさんも加わってくださり、論じたことです。私は疑うことを少しも恐れません。あなたは疑うことが怖いのでしょう。


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