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つぶやきすれっど2
269
:
今里祐二
:2003/01/12(日) 10:24
(つづき)
大聖人様は鎌倉時代の方ですから、当然その時代の科学知識や仏教学の成果の限界に制約されます。
であるがゆえに、法華第一という考え方のまま人生を押し渡って行かれたけれども、
もし現代の科学知識と仏教学の成果を元に、仏法を研鑽されたらどのようになるだろうか……?
上記の道を歩いてみよう、というのが独歩さんの立場だと理解しています。
僕からみれば「身の程知らず」という言葉しか思い浮かびませんが……、
僕はまだ創価学会にいた頃こんなことを考えていました。
「なるほど、大聖人様は経文に忠実に書いてある通りの事を仰ってただけなんだな、ふむふむ。
それにしても昔の僧侶ってバカばっかりだなぁ、字が読めなかったのかしら(爆笑)」
今の僕はそのようには考えていません。
法然や空海のように法門の海の中で溺れず、妙法の珠を取り出だすことが出来たのは、
大聖人様の本地が「久遠元初の自受用報身如来様」だったからである、と考えています。
『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』
『一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起し、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめ給ふ。』
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