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つぶやきすれっど2

2649犀角独歩:2009/11/29(日) 09:38:36

顕正居士さん

愚昧なわたしに台学のご講義を下さり、まことにありがとうございます。

ここ「つぶやき」すれは議論禁止なのですが、いきおい、れんさんから、顕正居士さんとやややり取りとなっています。

やや整理いたしますと、2633でれんさんが「末代悪世の凡夫”は“法華経の題目を以テ本尊とすへし”」と日蓮は後期、題目本尊となった点を挙げられました。
同様に2644で、顕正居士さんは「晩年に日蓮はいわゆる仏本尊を否定した」と見解を示されました。

ここに日蓮の本覚観の話が入りました。この点は、また、少しご質問させいていただきたい点はありますが、そもそも、2633以降の流れで、わたしが記してきたのは、2635のとおりで、もし題目本尊とするのであれば、所謂三つの法門(三大秘法)は成り立たなくなる、よって、日蓮は三つの法門を棄て、題目本尊へと傾斜したのか。となれば、なぜ、弟子達は、それでも戒壇建立に腐心したのだろうか、戒壇に拘ったという史実からすれば、日蓮は終生、三つの法門を棄ていなかったのではないか。となれば、釈迦仏本尊を棄ててはいなかったのではないかということです。

また、日道の時代頃から、漫荼羅正意論が喧しくなった(執行「教学史」)というのは、他の五老門家との対立を意味することで、つまり、釈迦仏本尊が生きていたからにほかなりません。

そうした点から考えて、日蓮の生前に既に釈迦仏本尊から漫荼羅本尊に移行していたとは考えづらいのではないかという問題提議です。

そもそも、釈迦仏像か・漫荼羅かという二者択一が見え隠れしますが、併用という選択しもあるのであって、それを単に題目=漫荼羅本尊になっていたとする根拠は、はなはだ希薄であるというのが、わたしの考えです。


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