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つぶやきすれっど2

2633れん:2009/11/28(土) 17:59:30
昨日、神奈川県立歴史博物館の日蓮聖人展に行って参りまして、大幅のものから一紙の小幅の御真蹟の大漫荼羅御本尊を、間近に拝して参りました。

何時の頃から、大漫荼羅御本尊が現在の様に表装される様になったのか、まだまだ専門の研究者による検討が必要であるとは存じます。日興門流系の史料で言えば興師が聖人御真蹟漫荼羅御本尊の内、数幅に「懸本門寺…」と添書されており、この「懸」が、現在の様に表装して「懸」けるのか、中尾氏が明らかにしたように、表装して懸るのとは別の形で「懸」けるのか、新しく検討してみますと、興師当時の有様すら、実はよく分かんなくなっていますね。

日蓮聖人御自身の“御本尊”につきましては、この界隈に限らず、様々な議論・見解が角逐しておりますが、日蓮聖人晩年の本尊問答抄(真蹟は不現存ながら、筆者不明ながら興師の“弘安五年 月 日”の加筆を有する富久成寺蔵の写本・富士岩本実相寺蔵の正応の日源師写本・年記不明の北山本門寺蔵の興師の写本が現存、富木常忍氏=日常師の本尊聖教目録にも本尊問答抄が見えるので、写本遺文の中では日蓮聖人真撰として信頼出来ると言えると思われる)の意からは、少なくとも、“末代悪世の凡夫”は“法華経の題目を以テ本尊とすへし”というのが日蓮聖人の意図ではないかと愚考しております。


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