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つぶやきすれっど2

2627問答迷人:2009/11/25(水) 07:03:18

幻明影偲さん こんにちは

>曼陀羅でなければいけないなどとは空海ですら言ってなかった

日蓮聖人は皆様が良くご存知の通り、観心本尊抄において、次のようにお示しです。

「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等、此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与えたもう。}

「今、末法の初め、小を以て大を打ち、権を以て実を破し、東西共に之を失し、天地顛倒せり。迹化の四依は隠れて現前せず。諸天、其の国を棄て之を守護せず。此の時、地涌の菩薩、始めて世に出現し、但、妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ」

「天晴れぬれば地明らかなり。法華を識る者は世法を得べきか。一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめたもう。四大菩薩の此の人を守護したまはんこと大公・周公の成王を摂扶し四皓が恵帝に侍奉せしに異ならざる者也」

誠に不思議な事ですが、全て「五字」と説かれ、紙に書かれた文字としての「妙法蓮華経の五字」を「受持する・服す・懸ける」事を説かれています。

「妙法蓮華経の五字」が書かれている曼陀羅こそ、まさに観心本尊抄の論旨の通りの物であり、本尊として仏壇に懸け信仰すべきものであると僕は考えています。


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