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つぶやきすれっど2

2515犀角独歩:2008/03/09(日) 13:50:20

日蓮のもの・日蓮にあらざるものという分立は、極めて重要な作業で、わたしがこれを意識したのは、石山で言い古された言葉を使えば「祖道の恢復」、そのためには祖である日蓮の実像の掌握が必要であり、その日蓮のものの道を恢復しようとすることなのだが、こうした作業をする人々の十中八九が、その手前で引っかかって、そのしがらみから、日蓮のものと日蓮のものにあらざるものの分立を躊躇い、答えを先送りにして、自分の信仰を…わたしからみれば、それが新興団体であれ、伝統教団であれ、それらのご都合に振り回されているだけなのだが…固執してしまう。

日蓮における最後のゴール(日蓮という祖の道)まで、まずは歩んでみないかと、再び問いかけたい。

…ただし、その先には釈迦牟尼仏陀という祖のゴールもあり、さらにその先もあるのがこの道なのだが、まあ、そこは丸い地球の地平線の先が見えないように、日蓮のゴールまで歩まないと先は、けして見えないから…


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