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つぶやきすれっど2
2502
:
犀角独歩
:2008/02/21(木) 21:55:56
ここは富士門流信徒の掲示板ということで、富士=日興ということになるのでしょうね。ですから、判断の基準が日興の在り方になっています。
しかし、わたしは日興よりも日蓮です。
では、日蓮が拝んでいた本尊とは何か。その答えは、実は日興が書いた文書にありますね。
一、御所持仏教の事
御遺言に云はく
仏は釈迦立像 墓所の傍に立て置くべし云云。
経は私集最要文注法華経と名づく 同じ墓所の寺に篭め置き、
六人香花当番の時之を被見すべし。自余の聖教は沙汰の限りに非ず云云。
日興筆『御遷化記録』の一節です。
「仏は釈迦立像」、日蓮が、生前、拝んでいたのは何でしょうか。漫荼羅ですか。漫荼羅なんか、拝んでいませんよね。釈迦仏像です。
では「仏は釈迦立像 墓所の傍に立て置くべし」というのを、寂然門下は墓に捨て置けと解釈した。果たして、そうでしょうか。生涯、自分が拝んできた釈迦像を、死して墓に入っても傍らに置いてくれと日蓮は言ったのです。どれほど、この仏像を日蓮は大切に思っていたのか。一節に、この釈迦像は、伊東流罪の折、日蓮自ら流木をもらい彫ったという伝承があります。流罪地で、仏像もない場所で、釈迦仏を求め、自ら刻んで、そして、拝み続けた仏像。そこにはどれほどの思いが籠もっていたのでしょうか。
わたしが同じ境遇であれば、墓場まで持っていきたいと思いますね。
実際、日蓮はそう遺言した。では、日蓮が「本尊」といったのは漫荼羅でしょうか、仏像でしょうか。そもそも、日蓮が拝んだ仏像は真蹟に明確です。一方、では、日蓮が拝んだ漫荼羅なんかあるのでしょうか。ありませんね。
わたしは日興門流というより、日蓮門流として、この事実に着目してきたわけです。
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