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つぶやきすれっど2

2490偶ロム偶ログ:2008/01/22(火) 04:16:40
つぶやきです。

○正宗系で二百年以上の歴史をもつ寺院では、信心が4世代以上続いていて、ようやく信徒としてみとめられる。
○形木本尊は仮本尊であり、仮信徒のものである。
○裏書のない形木本尊は仮本尊未満である。
○家庭の仏壇に安置し礼拝する本尊は墨書紙幅の本尊である。
○家庭の仏壇に安置する墨書紙幅の本尊は当主を被授与者とする。
○当主死去の場合は再感得後は家宝として、礼拝してはならない。
○当主死去後は次期当主宛の墨書紙幅本尊を安置する。
○脇書もしくは裏書のない墨書紙幅の本尊は仮本尊である。
○板本尊には、賞与のものと供養堂(位牌堂)のものの二通りしかない。
○賞与の板本尊は匣に収めておくもので礼拝するものではない。
○供養堂(位牌堂)の板本尊は破損しない限り永代一体のものである。
○供養堂(位牌堂)に紙幅本尊を安置することは永代の義に反する。
○寺の本堂の本尊は住職一代限りの紙幅が本当である。

ずいぶん昔に、亡くなった老僧方から聞いた話のメモ書きからです。
今の石山の僧侶でこんなことを知っているのはほとんどいないのではないでしょうか。


>>2484
独歩さん、松本さんは「法華経に祈祷はない」と。
鎌倉時代に祈祷の無い宗教は禅系だけでしょうね。
日蓮さんは禅僧ではなかったのですから、当然、法華経にはない祈祷をしていたのでしょうね。
ところで法華経に「南無妙法蓮華経」「智識相承」はあったでしょうか?


僧侶のなかに、講義をして金銭を取る人がいるらしい。
僧侶の講義は、基本的には学衆にするもので、学衆を育てるのは僧侶の勤め。
寺に上がった学衆は、金銭を払うどころか、衣食住はもちろん小遣いまで僧侶に面倒をみてもらうもの。
寺子屋でさえ金を取ったなどという話はない。
明治維新以後、妻帯、有髪、洋装、冠り物をする「僧侶」と名乗る職業人が出現したが、、、。
「僧」とは曾て人であった者、つまり今は「人でなし」。
「出家」とは、家を出る=家出・外出ではなく、「出・世間」。
お布施を喜捨していただくのは可としても、金銭の要求・請求は商人のやること。
「智識」とは智慧と見識をいう。
智慧も見識も相承などできるものではなく、天稟のみ。
人の知らないことを知っているのは「物知り」といい、智者・智人とは違う。
理とはことわり、それを覆い隠すことを屈という。
屈とは高い山に庇をかけることの意でもある。(辞書なんぞ探しても出てはこない)


優・良・可・不可、不快は不可、愉快は可、では良・優とは?


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