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つぶやきすれっど2

242犀角独歩:2003/01/10(金) 13:39

真偽未決である『十八円満抄』を恰も確定した真跡のように扱ったうえ、さらにまるで学問、教学不要の如き扱われることはまさに片腹の痛む思いがします。

何度も挙げていますが、聖人は『富木殿御書』に

「我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇(いとま)を止めて之を案ぜよ。一生空しく過ごして万歳悔(く)ゆること勿(なか)れ」

という名文を遺しています。
また、同じく最近も引きましたが、真偽未決ながら、

「何度もかれが云ふ言にて、やゝもすれば己がつまる語なり。されども非学匠は理につまらずと云ひて、他人の道理をも自身の道理をも聞き知らざる間、暗証の者とは云ふなり。都(すべ)て理におれざるなり、譬へば行く水にかず(数)か(書)くが如し」

という『諸宗問答抄』の有名な一節が存します。

このような“非学匠”の在り方は、外教のサンジャヤ・ベーラティプッタ鰻の論理(異問異答)にほかならない。

――サンジャヤ・ベーラティプッタは、例えば、“死後の世界はありますか”、とたずねると、“私は、あるとも考えず、無いとも考えず、その他だとも考えず、考えないとも考えない・・・”などと、ぬらりくらりと、筋の合っていないような、合っているような答え(異問異答、“うなぎ”の論理と呼ばれている)をする――

つまり、いわゆる内外相対で簡ばれる外道義なのであって、石山義でいえば、第五位下の論理。第一位上に置かれる本仏義とは天地雲泥、遠くかけ離れた非仏教的なであると指摘しておきます。


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