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つぶやきすれっど2
2386
:
犀角独歩
:2007/02/01(木) 14:12:23
2383 しゅんかんさん
なるほど、「内証」は「ないしょ」ですか。
内証は外相に対する言葉ですが、本尊書写に関してこの語が引用されるのはたぶん、日顕さんぐらいだと思います。
ただし、樋田さんは、引用の日顕さんの言葉を誤読しています。
樋田さんによると「御書写されるのは、御本尊の物理的・表層的な御相貌ではなく、戒壇の大御本尊様の”御内証”である」
日顕さんは、こんなことは言っていません。
「本門戒壇の大御本尊の御内証を拝してお写し申し上げ奉る」
ここで日顕さんは「本尊の御内証を拝」すると言っていますが、それを写したと言っているわけではないのです。石山で言う戒壇本尊は人即法の本尊である、つまり人に即せば日蓮である。しかし、日蓮というのは上行菩薩再誕という外用の姿である。内証の寿量品、深秘相伝から久遠元初自受用報身如来(南無妙法蓮華経仏)であると拝して、そのうえで本尊を書き写していると言うのが、文意でしょう。外に書かれたところが南無妙法蓮華経なら、内に証されたところも南無妙法蓮華経です。その内証を写したら違うものになるはずはありません
誤読されたのでは、日顕さんも迷惑でしょうね。
しゅんかんさんが仰るように、内証を写したのが書写漫荼羅だとしたら、「戒壇本尊」は外用を写したと言うことになる。では、「板曼荼羅より凄いと云うのが下付曼荼羅」という突っ込みにもなるわけです。
だいたい、わたしがサイトで記した趣旨すら、樋田さんは採れていない。
しゅんかんさんのご投稿を例に挙げさせていただければ、「母も私も家に有るご本尊さんは、本門戒壇の大御本尊の通りに当時の法主が書写したものだと思っていました」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1014180269/2851
このような考えは、他の方もしばしば語るところです。
出入り禁止になった方ですが、「蓮祖の曼荼羅と相貌が違うのならば、偽曼荼羅です」と発言した現役学会員がいました。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015575530/429
また、「
かなり多くの方々が、このように誤解しているわけです。
「そんなのは学会員が勝手に思っていることだ」という話をしたいわけではないのです。このような、誤解が多々散見できますから、故に「創価学会を含む大石寺系集団の信徒は、各家庭に下付される印刷漫荼羅本尊は板漫荼羅と相貌が一緒であると信じ込まされているようであるが、実際には違っている」とことわって、その真相を記したわけです。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/itamandarasingi.html
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