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つぶやきすれっど2
230
:
無徳
:2003/01/08(水) 17:40
satさんこんにちはコメントありがとうございます。
>リゾームのベースとなるところは、①テキスト(すべての言語媒体による情
報)を収集して博識になることではなく、②テキストの文自体を暗記して専
門家になることでもなく、③テキストから自分にとって革命的な部分をよみ
とり、自身の運動の糧とすることとされているようですが、「解体から再構
築」へ向かおうとする際の大事な視点だと感じます。
全くその通りと思います。ドゥルーズとガタリの二人はスキゾ的な在り方を
肯定し、現在知からの逃走を企てつつノマドロジーを通じて西洋的知の体系の
解体を図ったとも言えましょう。
>また「諸部分」や「全体」を直接見るのではなく、その「差異」に着目「そ
こからしか思考は生まれてこない」とするリゾームの主張も的を得たもので
はないかと思います。
とのことは、フーコが賛したドゥルーズの主著『差異と反復』の主要テーマ
ですね、西洋的知の体系の殆んどが「同一性」の原理の上に成り立っていたわ
けですが、実は同一と見える現象の中に微妙な差異が有り、時には大きな差異
さえ有ることを発見し、これまでの西洋的知としての「同一性」による暴力的
世界支配からスキゾ的に逃走を企て、「差異」の視点から当時学生や労働者によ
ってフランスを席巻した「マルクス主義」による革命運動をも批判しました。
>或いは、ヒエラルキー型組織としての強制−服従型コミュニケーションから、
ネットワーク型組織としての説得−納得型コミュニケーションに転換を図る
ことで自己産出を為すというのも納得できるところです。
とのことも全く賛成です、まさに我々が目指す富士門流によるサンガの形成
も「ネットワーク型組織としての説得−納得型コミュニケーションに転換を図
ることで自己産出を為す」と言われた事と軌を一にする考え方です。
>しかし、問題はドゥルーズ/ガタリ自身が指摘している領土化→脱領土化→
再領土化ではないでしょうか。
とのことは、人間の欲望と言うものをどう考えるかに尽きていると思われます。
かつてヨーロッパやアジアでも定住を嫌った遊牧民による殆んど本能的とさえ
言える欲望の奔流が、定住民たる都市や国家と衝突したときに数々の戦争を起
こしました。そして、領土を区切るような都市や国家のあり方を破壊し尽くし
た、まさにノモドロジー的な在り方をヒントに、ドゥルーズとガタリは領土化
を必然とする西洋的知の体系と言う不自由なパラダイムの裏をかいてそこから
逃走しつつ様々なカルチャーと接続し交流することによって新たな変革を目指
したと言えます。
ただ、少なくとも仏教的な欲望否定の原理持つ文化圏に生きる我々にとって
は、ドゥルーズやガタリとはちがった形の西洋的知の体系に対抗する軸が有る
筈ですし、現に我々が目指すサンガの形成は仏教理念による欲望の制御と言う
課題を果たし得るのではないかと考えています。
私には限界を露呈した現代文明とは、人類が果てしない欲望追及に明け暮れ
た結果であると考えます。おそらく大半の人々も同じ意見ではないかと想像さ
れます。したがってこの現代社会の欲望追及の原理に沿った様々なシステムを
根本的に変革せざるを得ません。
もちろん簡単に変革が出来得るなどと夢夢思われませんが、誰かが成さねば
おそらく人類はそう遠くない将来に終末を迎えることでしょう。したがって、
領土化→脱領土化→再領土化どころではないと考えますが如何なものでしょう。
>その中で考えつくことは、リゾームから学ぶべきは「ゆらぎ」ではないかと
とのことは、もうちょっと具体的に語っていただきたく思います。
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