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つぶやきすれっど2
2251
:
犀角独歩
:2006/09/26(火) 08:21:21
2248 鳥辺野さん、はじめまして。
> 執行海秀師の論文
秀逸な論文であると、わたしも目から鱗が落ちる思いをなしたものでした。対して、石山は50年経っても、何ら進歩するところがなく、嘘を繰り返しています。破門になって古文書を研究する人々は、その識読能力で門下一般に重宝がられ、「先生」と呼ばれたりもしていますが、その人たちがいない場では、「結局、板マンダラと日蓮本仏論を捨てられないんだ」と嘲り笑われている現場を、何度か目の当たりにし、「だから、石山彫刻本尊と日蓮本仏論に決着をつけておけばよいものを」と同情もしました。
さて、わたしは、漫荼羅ばかりではなく、仏像も好きです。文字による図示では表現できない面を有しているからです。もちろん、字像漫荼羅も仏像では表現できない世界を有しています。どちらか一方を採るという考えは偏ったものであると映じます。
ところで、挙げられた「一塔両尊四士」は、通常、首題が記された塔の形を採ることが多いようですが、『本尊抄』の意からすれば「塔中」とすべきところ、同じく、四士は二尊と同じ面を向いていますが、実際は、拝観者に背を向けて、首題と二尊が収まる塔を向かうか、もしくは東西南北に位置し、塔に向いているはずですが、そうはなっていません。ここら辺が仏像奉安上の限界と言ったところですね。まして、「有七宝塔…住在空中」ですから、浮かんでいなければなりませんが、塔は地に着いています。
漫荼羅では、弘安2年10月頃は首題が小さく書かれ、「日蓮花押」と間が大きく開いているために、恰も空中に浮かんでいるような印象を懐かせます。実際、日蓮聖人がそのような意図を持っていたかはわかりませんが、このような表現は、字像、絵像ならでは、仏像奉安では表現不可能ということになります。
「本尊」は天台初期文献には全く見られない密教の影響の反映であるわけですが、真言密教の影響から比叡山を批判しながら、漫荼羅を図し、さらに極楽往生を批判しながら、霊山往詣を語るに至る心情の推移と、末法を意識し展開するところに、鎌倉という時代の人であった一面が窺えます。
横道に逸れましたが、本尊とは「我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古仏」をいうのであって、この本尊を体(たい)と為(な)して、表すところが漫荼羅であり、諸尊仏像の奉安なのだろうというのが、わたしのなかで落着した考えです。「為体」は‘ていたらく’ではなく‘いたい’、もしくは「たいとなし」であると拝します。そして、己の心に観する本尊を「正像未有寿量仏 来入末法始此仏像可令出現歟」というのでしょう。「一閻浮提第一本尊可立此国」の‘可立’も、立つ可しではなく、「立てる可し」であろうと拝します。
以上、つぶやきということで。
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