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つぶやきすれっど2
2126
:
犀角独歩
:2006/07/03(月) 09:12:24
独学徒さん
この度は、‘ご法難’の由、ご苦労さまです。
また、拙書のご紹介、まことに痛み入ります。
貴ブログ、謹んで拝読いたしました。
正信会に対するご見解にはまったく同意です。
正信会のサイトの
> 熱原法難を通して師弟一箇の成道を得た法難の瑞相
というのは、いったい何を言っているのか理解に苦しみますが、いずれにしても、熱原信徒の篤信と法難を賛嘆したものなのでしょう。ところが、正信会各位、殊に彼の所の古文書研究をよくする人々は、彫刻の真偽を語らないわけです。そこに四弘誓願の衆生無辺誓願度は見られません。彼らの師である日達氏がいった「上求菩提下化衆生」も見られません。
熱原信徒の篤信と法難を賞賛するのであれば、自分たちも真実を語り、そこで遭う難から逃れない生き様を示して然るべきであると思うのです。
ところが、彫刻を信じる人々は、このような破戒に止施するわけでもなく、むしろ、荷担して、事実を語れば留難をなし、罪業を重ねます。また、在家のみで生きる人々もまた、自分の信じる‘本尊’を貶されたと思い、難を為します。しかし、彫刻の真偽を語ることは、事実を語ることであり、悪口ではありません。斯かる信に執着する人々は、何故、事実を見ようとせず、寧ろ、事実を語ることに難を為すのか、哀しむべきものがあります。
しかし、このようなことは先刻ご承知のことであり、昨年の流行語を使えば、まさに「想定内」のこと、致し方のないことなのかも知れません。しかし、難を為す人々もまた、事実を隠蔽することで組織、指導者に呪縛される被害者である以上、こちら側としては、一片の怒りも覚えず、ただ、憐憫の情を催すばかりです。
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