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つぶやきすれっど2
2056
:
犀角独歩
:2006/05/14(日) 00:02:27
なしさん
> 状の請うは、嘆とは趣が違うのではと思いますが
どうしてでしょうか。あなたが上げた嘆願の意味がそのまま、申状の文面ではないでしょうか。
> 日目上人の申状…事実証拠を示す文献をお教えください。
わたしがいう真蹟主義は文章だけから示すなどと言う狭量なことを言っているのではありません。先に上げたとおり、日尊の安堵がそれを示すのではないかと言っているのです。
> 『日興跡条々事』真筆か否かを私に問われても真贋を見抜く力などありません
では、話にならないでしょう。あなたは、真筆かどうかもわからず日興の文章だと言って、これを引用したわけですか。
そのようなあなたが、わたしに真蹟云々を問うというのはあまりに厚顔無恥、図々しすぎませんか。わたしには真蹟から説明しろと言い、自分は真蹟かどうかわからない。そんな無責任な遣り取りがありますか。あなたが、わたしに真蹟から説明しろと言うのであれば、自分が上げた文章が真蹟であるかどうかをまず示すというのが筋でしょう。
> 説明を信じるのみ
信じるのは勝手です。では、わたしも日目のやったことは許認可だったと信じるのみと、これを答にして善いのですか。他人に厳しく、自分に甘い。そんな遣り取りは成り立ちません。
あなたに課せられたことは、条々事が日興真筆の証拠をここに挙げることです。
> 相手がいなければ話にもなりません。
そうでしょう。ですから、もし、42度、日目が天奏をしたとすれば、相手にされず、話にならなかったことをあなたは認めたと言うことですね。
> 下賜があっても何も不思議ではないと思います
そうですか。そうなると、為政者が信心をしなくても土地を下賜してもらうことが、日目の目的であったとあなたは認めるわけですか。
それが、日蓮と日興と、少しも違わぬ意志であったと。
> 見解が異なります。
見解が異なるなどということは、どうでもいいのです。
わたしはあなたと頷きあうことを目的にしているのではありません。
わたしの興味は、事実は何か、それだけです。
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