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つぶやきすれっど2
2036
:
なし
:2006/05/12(金) 03:27:01
れんさんからご挨拶をいただいておりながら大変失礼いたしました。
れんさんの書き込みの詳細部分、私にはレベルが高すぎて何につながっているのかは実はよくわからなかったのです。ご指摘を受け何度も読み返して目師の著述に関してのご教示でありました。れんさんすみませんでした。
わたしは」日目上人に教学の著述が少ないことには興味がありません。
「日目は十五の歳に日興に値い法華を信じて、以来七十三歳の老体に至るまで敢えて違失の儀なく----」と日興上人は仰せです。加えて頭頂の凹むご奉公、身延で「聖人の御説法を聴聞せずということなし」これによって習学せざることも亦よく暁了したまえり----。亦予の伝奏の代として二度流難三度の高名これあり----,亦巧於難問答に達せり---伊勢法印と問答したまうときも一両句にて閉口いたされたる、---、と
これらをもって著述が少ないことが何の不足になるだろうかと思っています。
独歩さん、短文過ぎて誤解をあたえてしまったようですみませんでした。
>認可嘆願書といったところではないでしょうか。
目師の申状のどこに認可嘆願書に該当する文面があるのでしょうか。
この質問は独歩さんの以下の記述を受けてのものでした。
>天奏とは、大雑把に現在の事例で類似形の探ると、いわば、宗教法人の許認可、また、朝廷、もしくは武家からの供養の確保という点に、実利面に重点があることがわかります。今の時代と違い、書類の手数料を出して、認可を待つというわけにはいきません。公の長、武の長と、直接掛け合って、弘教の安堵、寺領の安堵、経済支援を願うという具体的な嘆願が天奏であったというのが、当時の文献から窺える実像です。まあ、そこで問答に巧み(口がうまい?)というのは、他から抜きん出る意味でも、口下手より有利でしょうが、しかし、絶対要件ではないでしょう
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日 目 上 人 申 状
日蓮聖人の弟子日目誠惶誠恐謹んで言す。
殊に天恩を蒙り、且つは一代説教の前後に任せ、且つは三時弘経の次第に准じて正像所弘の爾前迹門の謗法を退治し、末法当季の妙法蓮華経の正法を崇められんと請うの状。
副え進ず
一巻 立正安国論 祖師日蓮聖人文応元年の勘文
一通 先師日興上人申状 元徳二年
一、 三時弘経の次第
右、謹んで案内を検えたるに、一代の説教は独り釈尊の遺訓なり、取捨宜しく仏意(ぶっち)に任すベし。三時の弘経は則ち如来の告勅なり、進退全く人力に非ず。
抑、一万余宇の寺塔を建立して、恒例の講経陵夷を致さず、三千余の社壇を崇めて如在の礼奠怠懈しむることなし。然りと雖も顕教密教の護持も叶わずして、国土の災難日に随って増長し、大法秘法の祈祷も験(しるし)なく、自他の反逆歳を逐うて強盛なり、神慮測られず仏意思い難し。倩(つらつら)微管を傾け聊(いささ)か経文を披きたるに、仏滅後二千余年の間正像末の三時流通の程、迦葉・竜樹・天台・伝教の残したもうところの秘法三つあり、所謂法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり。之を信敬せらるれば、天下の安全を致し国中の逆徒を鎮めん、此の条如来の金言分明なり、大師の解釈炳焉たり。就中我が朝は是れ神州なり、神は非礼を受けず。三界は皆仏国なり、仏は則ち謗法を誡む。然れば則ち爾前迹門の謗法を退治せらるれば、仏も慶び神も慶ぶ。法華本門の正法を立てらるれば、人も栄え国も栄えん。望み請う、殊に天恩を蒙り諸宗の悪法を棄捐せられ、一乗妙典を崇敬せらるれば、金言しかも愆(あやま)たず、妙法の唱え閻浮に絶えず、玉体恙(つつが)無うして宝祚の境え天地と疆(きわ)まり無けん。日目先師の地望を遂げんがために、後日の天奏に達せしむ。誠惶誠恐謹んで言す。
元弘三年十一月 日 目
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独歩さんは答えとして「請うの状」をあげられました。嘆と請う
申状の内容には弘教の安堵、寺領の安堵、経済支援を願うという具体的な嘆願はありません。
二度流難三度の高名これありとは何のことでしょうか。
小樽問答あれは吊るし上げでしょう。問答に饒舌の必要はないと思います。
簡潔、痛烈な一矢でいいのではと思います。
問答について小樽問答を出されましたので感想と問答の要点を述べたまでです。
「伊勢法印と問答したまうときも一両句にて閉口いたされたる」を連想してのことだったのですが。
なぜか「出て行け」とお叱りを受けました。まもなくお暇いたします。
お叱りを受けて一本指で一所懸命に書きました。御寛恕を。
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