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つぶやきすれっど2
2032
:
犀角独歩
:2006/05/11(木) 23:58:23
れんさん、ご批正、有り難うございました。
たしかに『穆作抄』でした。どうも、最近は耄碌したせいか、すぐに間違います(笑)
れんさんと議論の始まりは、『四帖抄』でしたね。空き缶さんや、現時点さんとの、この件に関しては賑々しく議論しましたね。
わたしは、四帖と聞くと、やはり、慶林日隆を想起するのですが、石山では、そうはならないわけですね。「四帖の聖教」というのは、当時、回達された『四帖抄』にあやかって、悪くいえば、パクって付けた名前ではないのかと、わたしは思ったりするのです。富要で見る限り、この語彙は『有師談諸聞書』でしか、確認できません。相変わらず、歴全を所持しない怠慢なのですが、確実な資料として、この初出というのは一体いつ頃のことになるのでしょうか。
後付で日時に仮託すれば、日隆に先行することになりますが、日有であれば、受け取った張本人以降ということになります。日精に依れば受け取ったが読まなかったというけれど、そんなことはないでしょう。面白いともうのは、『四帖抄』を受け取ったのが、日有であるというのは、日蓮門下一般でも通説になっていて、その他の人の名が上がらないことです。それで、石山は勝劣義というわけですから、影響がないとは誰も思っていないわけです。
関連するかどうか分かりませんが、耳引法門といえば、三箇の秘法で、『三大秘法抄』も日時本があると主張してきたのも、石山。どうも、日時となると疑わしい気分になるわけです。
この辺り、れんさんは、どうお考えになりますか。
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