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つぶやきすれっど2

1975犀角独歩:2006/03/28(火) 21:25:20

―1974からつづく―

これを表すのは、漫荼羅図示に譲られるところで、しかも、具体的に本門寿量顕本の一念三千、仏界・九界・互具十如、そして本門戒壇として三世間をそこに書き示して秘事として、名前を書き示して、授与とすることは、まさに上行菩薩附属の妙法蓮華経の五字を流布する相となるのでしょう。已上五字漫荼羅。

そして、密事された未来建立を期した迹門戒壇に代わる末法の事壇。已上本門戒壇。

■日蓮聖人持仏は聖人のご自作のことについては、いまのところ、議論にはなっていなかったかと存じます。特に参考にした先行研究があるというより、『五人所破抄』の記述が、事実であればという前提の愚考です。

れんさんには、わたしの失念を補完していただきまして、誠に有り難うございました。

■字像漫荼羅の不動愛染勧請の理由について。別スレッドで彰往考来さんがさらに感見記のご賢察を示されたので参考になりました。感見記の真偽は書の鑑定上の問題で、それ以上でもなければそれ以下であってもならないというのは科学的な態度であると考えます。いままで自分の所属する団体が「真言亡国」と言ってきたから、日蓮はそうなんだから、真言臭のする感見記は偽書だなどという連想ゲームが固定観念になって、論陣を張るというのは、古文書鑑定としては墜ちた為にする論というほかありません。鳳凰さんには、最高の意図が示されたこと、喜ばしく存じます。また、パンナコッタさんがご指摘のとおり、独学徒さんの考証がありましたか。

妙法蓮華経の五字は筆を握れば、誰でも記せます。書いて人に授けられます。口で唱えることもできるでしょう。では、それと上行所伝の妙法蓮華経は、どこで違うのか、それはまさに‘日蓮の妙法蓮華経’でなければならない。では、日蓮の妙法蓮華経とは具体的には何か、それはまさに字像漫荼羅を置いて、他にないというのは、わたしなりの結論です。

本仏釈尊の久遠下種、さらに四菩薩地涌菩薩の眷属たるを示す本尊は一尊四士にあり、では上行所伝を日蓮の名に隠す日蓮は、自ら附属された妙法を如何様に、さらに附属、広宣流布しするのか。それはまさに妙法蓮華経の漫荼羅をもってするのでしょう。漫荼羅に示された妙法蓮華経は、日蓮の(正確には上行に附属され、末法に日蓮として流宣する)妙法蓮華経です。他の妙法蓮華経とは軸が同様でも、根本的に意義は相違します。日蓮の妙法蓮華経に有らずんば、附属の妙法蓮華経とは言えないというのが日蓮の自覚でありましょう。そして、その授与を受けた弟子檀那は、ここに自らの久遠下種を知り、報恩尊敬(そんぎょう)の一念を以て像を結ぶのが、本仏師・久遠釈尊、附属の資・四菩薩の像ではないでしょうか。(一尊四士)しかし、日蓮が比叡山を去り、本門一念三千を末法流宣に成就、本国土の妙を、事相せんとすれば、密事とされた本門戒壇未来建立を以て、三大法門の成就を期したのであろうと拝察いたします。本門の本尊と戒壇、妙法蓮華経の五字は一の宝珠を以て、不可思議にも虚空蔵菩薩を介して、日蓮に伝えられ、その守護を不動愛染がなしていたという自覚が日蓮にあったのかも知れません。

以上しかし、わたしは既に富士の裾野より独歩したうえ、大崎の学風にも、身延の学風に疎い、一在家に過ぎません。皆さんのご批正を賜れれば幸甚です。


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