したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

つぶやきすれっど2

195犀角独歩:2003/01/02(木) 21:40

モモさん:

> 私が聞いたのは「石山とは蔑視した表現だ」

だから、いったい誰から聞いたのですか。

> 学術的に用いるならばともかく、一般的な呼称ではないように感じます。

学術的とは、どの程度を指すのかわかりませんが私が「石山」等の略記の使用は通日蓮教学における“一般的な”使用です。さらに狭く富士門一般の僧俗が寄り集まって議論をする場合、以上の略記はごく一般的なことです。また、私が石山僧、あるいは正信会僧などと話す場合も、普通に使用している言葉です。

モモさんが言う一般的とは「日蓮正宗」僧俗一般よりもさらに狭い自分の考えに過ぎません。

> 最近の大日蓮など、「石山」という表現は拝見したことがありません。

『大日蓮』には編集部で独自に定めた表記があります。
また、雑誌編集一般の常識として、略記、略称は使用しないのは通常のことです。
この編集の常識と、口語に近い、掲示板の記述を同様に語ること自体、おかしなことです。

> 大石寺の山号は先にもありましたが「大日蓮華山」であり、「石山」ではありません。
そんなことは誰でも知っていることでしょう。
「石山」は略記、あるいは略称なのであって、誰も山号であると言っていません。
いずれにしても、モモさんは亨師を批判していることはよくわかりました。

> 「石山」を連呼し、「石山僧」「石山組織」「石山法華講」など、このような用法は蔑視、揶揄しているように感じる人もいるでしょう。

どこにいるのですか。もし斯様な人がいれば、略記が蔑視、揶揄であるという偏見を持っているだけのことでしょう。つまり、それはモモさん自身が持っている偏見です。

> 「石のような山」「石のように頭が固い僧」「石のような組織」

そう。モモさんは大石寺を思っているわけですね。
しかし、石山という語彙を使用する人が思っているわけではありません。

> 「名は体にいたる徳あり」というような言葉が御書にあったと思います。

略記、略称とは、まったく関係ありません。

> 言葉は変化していきます。

これもまったく関係ありません。
また、あったとしても、「石山」などの語彙を使わない理由にはなりません。

> 一般的呼称として「石山」を連呼するのはどうかと思いますが。

何度も繰り返しているとおり、略記、略称として使っているのであって、一般的呼称であるとは言っていません。
こんなことで「どうかと思います」とケチをつけるほうが、よほど「どうかと思います」。

また、この言葉は、先にも記したとおり、石山59代亨師を批判する言葉であると受け止められます。

当掲示板のような、異種の価値観、思考をもっている人の議論の場で、学術的に、また、通日蓮教学で“一般的な”記述を、自分の語彙使用法以外を認めない言葉狩りに応じる気はありません。

今後とも、私は「石山」その他の語彙を使用します。
しかし、それは軽蔑でも、侮蔑でもありません。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板