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つぶやきすれっど2
1591
:
犀角独歩
:2005/05/11(水) 09:29:38
ラキさん、少なくともわたしが法華講だった10年前、阿部さんは説法はうまかったし、論理だっていましたし、脱線もせず、原稿も読みませんでしたよ。「石山の」という括弧付きですが、教学には精通していましたし、台学も詳しいようでした。ちゃんと系統立てて学んだことが話から伝わりました。また、唱題行なんかで導師を勤めても、まるで像のように少しも動ぜず、見事な合掌礼のまま、何時間でも唱題していました。それは見事なものでした。これはわたしがこの目で見てきたことですから、嘘偽りはありません。また、わたしは学生当時、池田さんが中心を勤める勤行に何度か参加しました。「三分勤行」とか悪口を言われますが、一本抜けた好い声をしていました。また、故福島さんに会ったとき、「池田さんが3分しか勤行しないとか、言うけど、わたしは1時間唱題と後ろについてしたことがある。こういう悪口するだけのやり方は賛成できない」、そう言っていました。
さて、原文を当たらない騙されるという一つの好見本をお話しましょう。
これは、もちろん、当板では既に問題にしたことです。
> 日目上人がお生まれかわりになる
より正確に言えば、大石寺の歴代のなかに生まれ変わるというわけでしょう。これはしかし、パクりです。
この根拠は、保田妙本寺(日郷門流)の我師『申状見聞』の「此の申状奏せず 終に臨終す 此の土の受生所用無し雖も 今一度人間に生れ此の状を奏す可し、若し此の状奏問の人未来に於て之れ有らば 日目か再来と可し知る」という一節です。
度々の天奏をしてきたが、それが成就せず、この度は、病に倒れ、京都に到着することもできず、奏状を届けることすらできず、臨終する。もはや、人間に生まれる必要はない(霊山浄土、仏の許に行くからという意味でしょう)が、今一度、人間に生まれてきて、この状を天皇に提出しよう。未来において、この状を提出する人が現れた、その人こそ、わたし日目の再来と知りなさい、というわけです。これが日目再来説です。それで、石山では広宣流布の暁に、目師が猊座に着くといい、これをかつて創価学会も言っていましたし、顕正会は今でも言っているわけです。
ところが、この文章には続きがあります。
「爰に日要奏す之れを争か之れを疑ふ可けん乎」
ここに日要はこの目師の状を奏した。いかでか、これを疑うべきか、つまり、この伝説は保田妙本寺・日要が目師その人であるという伝説であったのです。それを、この結論部分の尻を隠して、頭だけ奪って、自分たちの伝説にしたというわけです。
ラキさんは、身延も、北山も行かれたことはないでしょう。身延に行けば、立派な真骨堂が建っています。北山に行けば、興師のお墓があります。日蓮・日興の正墓はちゃんと、それぞれの寺にあるということです。
ところが、石山はどうでしょうか。目師の遺骨がどこにありますか。お墓がどこにありますか。三師塔という形式墓はあっても中身は空です。目師が広宣流布の暁に再来するという伝説を保田妙本寺日要・目師再来話を原本に捏造はしたものの、その目師の墓すらないのです。わたしは、このような点を憤慨しているのです。これは悪口を言っているのではないのです。永らく信じていたことをよく調べたら、事実と違っていた、つまり「騙された」という憤慨を覚えたと言うことです。
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