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つぶやきすれっど2

1530彰往考来:2005/04/28(木) 07:38:53

>1525, 1526, 1527 犀角独歩さん、尾池さん

“日蓮聖人”とある興師御本尊は、『日興上人御本尊集』(平成8年、興風談所)で図版が明らかな興師御本尊161幅中で下記3幅しかありません。

(1)正応3(1290)年10月8日、讃岐本門寺蔵
(2)正応5(1292)年10月13日、宮城上行寺蔵
(3)正応□年□月8□、山梨正法寺蔵

すべて興師初期の御本尊であり、“日蓮聖人”とある興師御本尊は、非常に珍しいといえます。
『御本尊七箇相承』(『富士宗学要集 第1巻 相伝・信条部』(昭和52年第3刷(初版昭和49年)、創価学会、32頁)には「日蓮在御判と嫡々代々と書くべし」とあります。『御本尊七箇相承』は一種のマニュアルであり、初期の御本尊に日蓮聖人”とあってマニュアルに準拠してないものがあることは、『御本尊七箇相承』が後世に作成されたものと示唆されます。併せて「日蓮在御判」ではなく「日蓮御判」とある興師御本尊が多いことからも後世に作成されたものであるといえるはずです。

また『奉蔵於奥法寶』(平成12年覆刻版、目師奉賛会)と『日蓮聖人門下歴代 大曼荼羅本尊集成』(昭和61年、大塚工藝社)を調べてみますと、“日蓮聖人”とある他の人師の御本尊は、目師、郷師、時師(石山6世)、影師(石山8世)、妙師(北山2世)、蔵師(北山4世)にみられます。
面白いことに石山では有師(9世)、北山では昌師(北山5世)以後で“日蓮聖人”とある御本尊はみられません。有師、昌師とも“日蓮在御判”となっていることから、『御本尊七箇相承』は有師の時代に作成された可能性があります。もちろん“日蓮在御判”とある興師御本尊は多数ありますので、“日蓮在御判”の初出が有師であるということではありません。

なお来る5月3日のオフ会で、「『飛び漫荼羅』に関する一考察」についてお話させていただく予定ですが、その中で正応5(1292)年10月13日の宮城上行寺蔵興師御本尊について詳細に説明いたします。

彰往考来(しょうおうこうらい)


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