[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
つぶやきすれっど2
139
:
犀角独歩
:2002/12/27(金) 13:36
今里祐二さん:
> 「輪廻転生」…「無我」
考えるのをやめるには勿体ないテーマです。
私の好きな御遺文
「我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇(いとま)を止めて之を案ぜよ。一生空しく過ごして万歳悔(く)ゆること勿(なか)れ」
> 石田次男さんや福島源次郎さん
懐かしい名前ですね。石田さんの『現代諸学と仏法』、5回は読み直しました。
内外相対で畢え、残りは宿題でしたね。
福島さんは、よく池袋の勉強会に参加したものでした。文句も付けましたが(笑)
『蘇生の選択』もあの当時は新鮮に感じたものでした。
お二方とも、生命論批判と四句分別を論ったことは有意義であったと思います。
その残りのほうがはるかに多いのですが。
> 慧眼を開くことが出来た
ならば、羨ましい。
> 一念三千…大聖人様…自受用報身如来様でないと困る
これは中世以降の秘密荘厳論的理解なのでしょうね。
『就註法華經口傳』に闡明な
「第廿二 自我偈始終(しじゅう)の事
御義口伝に云はく、自とは始めなり、速成就仏身の身とは終はりなり、始終自身なり。中の文字は受用なり。仍(よ)って自我偈は自受用身なり。法界を自身と開き、法界自受用身なれば自我偈に非ずと云ふ事無し。自受用身(ほしいままにうけもちいるみ)とは一念三千なり。伝教の云はく、一念三千即自受用身、自受用身とは尊形を出でたる仏と。出尊形仏(しゅっそんぎょうぶつ)とは無作の三身と云ふ事なり云云。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者是なり云云」
というところでしょう。
さらに恵心流の伝に、天台勝釈迦劣・止観唱法華劣が日蓮勝釈迦劣・題目勝法華劣に解釈し直され、さらに寛師においては日蓮・釈迦を名異体同と決するに至り、さらに人法体一にまでまとめた日蓮本仏論、中世の系譜ですね。これが本当に日蓮自身の教えであればよかったと、私も思います。そうすれば、こんなに苦しまずに済みました(苦)
>> 日蓮は一介の僧侶であり、本仏でもなければ、上行菩薩でもない、一人の人間である
> という考えは、おそらく一生受け入れることは出来ないでしょうが、
まあ、そう決めつけないことです。『立正安国論』に
「人の心は時に随って移り、物の性は境に依って改まる。譬へば猶(なお)水中の月の波に動き、陣前(じんぜん)の軍(いくさ)の剣(つるぎ)に靡(なび)くがごとし」
と言われる如きです。
> 独歩さんの広大な知識…
いやいや、そんなことをお書きいただいては他のロムの方に嗤われます。
お会いできることがあるかも知れません。その時はまた、ゆっくり語らいましょう。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板