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つぶやきすれっど2
1376
:
犀角独歩
:2005/03/01(火) 12:08:06
学会を含む大石寺信仰圏では「オカルト」というハードルがずいぶんと低いのでしょうね。
石山のお肉は完璧なオカルトは当然のこと。
精神医学では、ユングですら、オカルト扱いでしょう。
わたしはけっこう面白く読んだ『21世紀の対話』で登場する、「宇宙の背後にある究極の精神的な実在」なども、まあ、オカルトと言わないまでも、首を傾げられるところでしょうね。これは「will」などとも表現されるのでしょうか。
尚更のこと、「宇宙の生命」「宇宙の妙法」もオカルトと取られるでしょうし、輪廻転生、因果応報、「祈願成就」なんかも、その類と取られるでしょうね。
さて、そうなってくると、ここで、信仰とは何かというテーマに戻ることになるのでしょうか。では、信仰とオカルト、そして、カルト、どこで線を引くのでしょうか。
自分の使っているお湯は熱く感じない、自分を点検してみるのには、異文化、異信仰からの視点を学んで客観性を身につけるほかないでしょう。しかし、そこで捨て去るものが多いと、信仰者は後ずさりしてしまうわけです。後ずさりするならまだしも、茹だっていることすら気付かないのが信仰者の実像であるのでしょうね。
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