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つぶやきすれっど2

136sat:2002/12/27(金) 11:22

懐疑とは本来、「うかがう」「正確に調べる」「求める」「探る」などを意味していたようです。その意味から考えますと、懐疑によって求められているのは懐疑ではなく真理であるということになりますでしょうか。懐疑が払拭されない限り、探求は続くのだから徹底的に懐疑家であるべきだと・・

一方で、信は疑を生みだし、疑いは信を深めていく・・その往還において理性は有効ではあるが、理性によって絶対的な信に到達するものでもないと・・

絶対的な信(表現が適切かどうかわかりませんが)に到達した後に来るものは何でしょうか?心の平安なのでしょうか?誓願なのでしょうか?救済なのでしょうか?それとも?


無徳さんの「解体から再構築へ」との示唆は大変共感いたします。


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