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つぶやきすれっど2

130犀角独歩:2002/12/26(木) 19:15

> 漢文仏典…「信」…慧眼を開くことによって、法、世界のありさまを知り、それを疑いようがなくなること
> 一切の懐疑を超えて疑い得ない事実それが、真如や実相や法と呼ばれる物です。その法を知ることが「信」

こう記されると、ようやくと仏教で言う「信」が見えてきます。

これに反して、現在、言われるような「絶対的信仰」のようなものは、外来思想で変形したものであると見ることを私は指示します。

以前、これらの点について、バカバットギータのバクティ(誠信)思想の影響であるという岩本裕師の説を紹介したことがあったのですが、特に浄土系の人に反発を受けた記憶があります。

一部、紹介すると、

「バクティ
 =誠信。バクティとはある特定の神への絶対的帰依を意味する」『極楽と地獄』

「バクティー(誠信)を説くバーガヴァタ教の信仰が西北インドに盛んに行われていた。……仏教ともバーガヴァタ派とも関係の深いヨーガは哲学の基本経典の『ヨーガ=スートラ』はおよそ西暦300年頃に編述されたと考えられているが、この経典の始めにプラニダーナという語がバクティと同じ意味に用いられている。これは明らかに自力的なプラニダーナが他力的なバクティに解釈し直されたことを意味しており、当時の西北インドにおける宗教思想を示すものと言わねばならぬ」『布施と救済』

この点についてはたしか、ワラシナさんが「信」の起源を仏典に探り、興味深い論考をまとめていたと記憶します。みかんさん、ご存じありませんか。ご本人がロムしてくださっていたら、是非ご紹介いただければ参考になるのですが。

「バクティ(仏教への影響)
 バクティ思想が水のみなぎりさかまくように西北インド方面の宗教界に渦巻いていたことを示し、自力的な菩薩行をモットーとする仏教徒もこれを無視することができなくなり、自らの教説の中に採り入れて、理論的調和をはからざるをえなかったことを示すといわねばならぬ」極楽と地獄』

ところで、岩本師は、このバクティが浄土思想の「信」に強い影響を与え、仏教からかけ離れた恩寵説の信仰を生じさせたとも指摘するわけです。

「称名念仏ということは、仏の恩寵を懇請することであり、バクティと同じ宗教的態度である」(同)

「ヒンドゥー経のバクティ(誠信)思想が仏教に受容されて本願思想が展開し、これが大乗仏教の菩薩思想と結合し、さらに西アジア方面の宗教思想(救済)の理念を受容して、阿弥陀仏と極楽の信仰があらわれた」『布施と救済』

というわけです。しかし、浄土系の学者は恩寵説、本願思想、それよりなにより、阿弥陀如来が仏教から生まれたものであるという見解なので、この点に否定的になるわけです。シンクレティズムを否定する理由が私にはわかりません。

オウムで知られるバクティ(ヨーガ)の起源をバカバットギータに求める緒論です。
すぐ見てわかるとおり、これらのバクティに係る信の有様はみかんさんがご紹介くださったところとは違い、実にキリスト教的です。キリスト教の信の様態はバカバットギータに言うバクティ(誠信)、あるいは浄土教と強い親和性があるように見えます。

「念仏しようという善意志と信心とは全くアミダ仏の恩寵の賜物
この思想は明らかにキリスト教の恩寵説と全く同じであり、アウグスティヌス(354−430)の言葉を借りれば「恩寵の賜物」Gratuitum donum「神の恩恵的な恩寵」Gratia Dei gratuitaであり、したがって「恩寵が功徳を与えるのであって功徳によってそれが与えられるのではない」Gratia dat merita, non meritis daturということである」『極楽と地獄

と岩本師は指摘します。

さらに中国では、キリスト教の流伝は、既に貞観9年(635年)で確認できるというので、天台から時を経ず、恩寵説の信は仏教にも影響を与えはじめたと見てよい気もします。

「信」の意味も、再考してみる必要があろうかと思われますね。


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