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つぶやきすれっど2
1261
:
卞氏
:2005/01/27(木) 15:29:00
>最初から、「自分は精一杯やって悔いがない。」という生き方を出発点にするべきです、って厳命されたいたら
戸田先生、池田先生に縁していませんね。指導を学ぶ中で、そういう生き方を見せ付けられるのです。
悔いのない生き方ができれば、そのひとの勝利です。本当に幸せです。
悔いが残るようなことをしたら、もう一度やり直してもよいではないですか。
目標が高ければ高いほど、苦しい目にあうのが当然のことだとおもいませんか。
貴方の場合、組織という「形態」を作るのが目的になってしまったかのように見受けます。
そうではなく、「会員を護り育てる組織作り」を考えなくてはなりません。
それは閉鎖的な活動ではありません。つねに外に目を向けていなければできないことです。
愚鈍さんが閉鎖性を感じさせると思われるのもそういった視点が欠けている文章であるためでしょう。
大きな目標を立てたときは、命令されたことをこなすのではなく、常に、「何のためにそれをするのか」を
考えなければならないでしょう。
命令されたことだけやるのでしたら、会社などでも下っ端かバイト扱いで終わります。
どんな組織に行っても、下で与えられた命令だけをやるようになってしまいます。
何処に行っても社会で活躍するなどということはできません。
そういう人は、そういったことを転換することをしなければ、社会での活躍はできないのです。
一体何処にあなたの目標をどこに置いているのか、そういった出発点というのは非常に大事です。
>創価学会員であるが故に一家和楽の振りをして、外見を取り繕う姿
もしかしたら、和楽の振りをしているように見えるだけかもしれませんよ。
そのときは満ち足りていて、また時々喧嘩して、反省したりもして・・・
家庭の事情はほんとにわかりません。
>幸せは見た目ではわからないといいますが、病気でも貧しくても、
>『信仰があるから私は幸せ』と言う心に余裕のある創価学会員が巷に
>あふれているとは思えません。
学会員は、『信仰があるから私は幸せ』のような考え方はしませんよ。
自らの使命を自覚できて、その使命を果たす自分がいて、なんともいえず幸福なのです。
で、余裕などありません。今でもどこかで苦しんでいる人がいたら、励ましに奔走します。
余裕も何もあったものじゃありません。
そういうふうになれたのは「信仰の力」というものですから、それは勝利です。
ただ、お金があってそこそこ健康で、幸せと感じていても、何のために生きているのか分からないのでは空虚です。
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