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つぶやきすれっど2
1234
:
雖念
:2005/01/10(月) 03:51
犀角独歩さん:(続き)
私が1228で「『退行』というネガティブな表現を用いる精神医学のありかたにちょっとした違和感を感じました」と、書いたのは「生物学的理論のモデルに基づいて作られた発達論的概念」の生物学的理論のモデルを適用したことに対する違和感の表現であり、独歩さんの意見に対して異論や反論があったわけではありません。
また、1228で「ところが実際には高学歴を有する人であっても容易に、この幼稚な手口に引っかかってしまいます。」にたいして、「とある精神科医と話したとき、この疑問を解く鍵を与えてもらえました。それは一過的心理・精神退行現象であるというのです。」とのコメントを紹介されましたが、これは上記の「生活上の困難から逃れることを意味するのに用い、社会的・倫理的意味で、スポーツに熱中して仕事を怠るような場合も、発達した人間にとって原始的だというので(退行)ということもあるが、これは適当でない。」と、されています。一般的には「脳の障害などに見られ、感情的ショックなどによる原始反応特にヒステリー反応などに見られる。」と、いうことで高次の精神機能に関して用いられることはありません。
心理学の用語は、日常卑近に用いられるうちに意味が拡散して、双方が同じ言葉を使いながらまったく別のイメージについて語っているという厄介なことがしばしばおきがちです。
「個体の存続に成功」という表現の背後には、「仮設住宅生活の中で心不全で死亡しなかった」とか、車上生活を余儀なくされたが「血栓症での死亡を免れた」。あるいは、(強い精神的ショックにあい、免疫能が大幅に低下したが)「マラリアやコレラで死亡することはない」といった、意味内容があります。
ところで、独歩さんが1227,1232で提起された、いわゆる社会的「退行」と宗教活動や犯罪との接点の問題は、大変意義深い問題だと思います。
1232の「犯罪実行時」とは、たとえば「麻原の宗教性を信じきっていた当時の私には、私の大切なオウムが、つまり「仏、宝、僧」の三宝の存続がかかっているということだったのです。」(林郁夫:オウムと私、pp399、文芸春秋社、1998)のような、心的状態についてでしょうか?
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