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つぶやきすれっど2
120
:
アネモネ
:2002/12/26(木) 09:46
モモさん
たぶん、まだ私の言っていることが理解されていない気がします。
もう一度、自分の言葉と私の言葉をよく考えてみて下さい。
「アネモネさんの言っていることは、信じてない人の言葉だと思います」
言葉は正確ではないかもしれませんが、そのようなニュアンスのことをモモさんは私に言ったわけですね。これは掲示板でも自ら認められたことでした。
この言葉の持つ意味が「信じる人、信じない人」という二元論的発想なのではないでしょうか。自分を信じる人とみなし、私を信じない人とみなした二元論です。
一方、私は、「信じる、信じない」は内心の問題であって、本当のところは誰も立ち入れない話だと言ったわけです。この人は信じる人、この人は信じない人などと、安易に他人が選別できることではないと言っているわけです。そんなことを意識するなと。「信じる人の言葉、信じない人の言葉」と人を分けて考えたりしないで、まっすぐ教義を検証すべきだと言っているのです。それは、石山が指導している内容とは違っているからモモさんには馴染めないことかもしれませんが、石山の指導が二元論的思考であるということは、気がついておられますか?
私の言っていることのほうが相対的なのではないでしょうか。モモさんが、私も含めて信じていないとみなす人の言葉、どことなく肝心なところを都合よく聞き流しているのではないかと、感じるときがあります。掲示板の書き込みを通しても、モモさんが人の話を相対的に捉えているとはなかなか思えないというのが、率直な感想です。
>「信じない人の論理」を無視する信じている人の論理であれば差別ですが、信じている人の理論と相対的に信じていない人の理論を考えることは有効だと私は考えるからです。
モモさんはまだ私の言っていることが理解できてないようです。私に対して、「信じてない人」となぜレッテルを貼るのでしょう。それが差別だといっているわけです。石山の理論から言えばそういうことではないでしょうか。百歩譲って、モモさんには石山流の差別の気持ちはないとしても、私としては、私がここに書くことも含めて、モモさんに話すことも、「信じてない人の話」とレッテルを貼られることは不本意なわけですね。差別された気分にもなるわけです。それこそモモさんが五月雨さんに発していた言葉ではありませんが、私の心の内の何がわかるのでしょう?といったところです。
「信じていない人の論理」とレッテルを貼ることが、二元論的であり、差別思想にもつながる考え方ということ、もう一度考えてみて下さい。
相対的に考えようと思うのであれば、自分の尺度で人にレッテルを貼らないことだと思います。
>ここの独歩さんのレスに信じる、信じないの考え方が明瞭、簡潔に示されていると思います。
この独歩さんのレスは、重要なひとつの問題提起ではむないでしょうか。モモさんも信仰者として、このレスに納得するだけではなくて、このことを真剣に考える必要がかるのではないかと思います。
ちなみに私は、この問題提起は非常に重要なことだと思い、>95で現時点での考えをまとめております。
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