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つぶやきすれっど2
118
:
sat
:2002/12/26(木) 06:38
犀角独歩さん:
亀レスになりました
>懐かしいなと。
心情的にとてもよくわかるような気がします(笑)私はいまだ創価学会員ですから。
> 攻撃を一種のカタルシスとして見れば> この点を、もう少し、補足いただけませんか。
人の攻撃性を規定する因子としては、人が「言語」と「記憶」をもち自らの歴史性を担う精神的存在であることを考慮しなければならないと思います。集約すれば、①同一視、②投射、③記憶の三点かと思います。
①の同一視ですが、これは人は他者の苦痛を感じることができるという意味で書きました。サディスティックな感情は人特有の感情であり、同一視の典型かと思います。
②の投射ですが、これは自分の内的攻撃性を他者に投影し、自分の防衛のために他者を攻撃するということになります。これは犀角独歩さんのご指摘にある集団現象としての魔女狩りにも当てはまるのではないでしょうか。
③の記憶ですが、人は過去を現在に持ち込む記憶能力がありますよね。八つ当たり take it out on の it は慢性的なフラストレーション・憎悪・復讐心・執念を指すとも言われているようです。
攻撃を①衝動的攻撃と②計画的攻撃に分けて考える人もいるようです。衝動的攻撃は抑制と抑圧能力減退によって起こるものであり、最小の契機で衝動の爆発の起こる状態を「攻撃性失禁」と称しているようです。それに比較して「計画的攻撃」は、投射によって起こり、決意と実行の間にはある一定の時間を必要とします。これが人特有の攻撃パターンだろうと思います。
或いは、子供などを見ていますと、その攻撃性は外界の人や物に向けられているのをよく目にします。「甘えの構造」の中で、依存欲求の転移性攻撃といったことを前述しましたが、攻撃性を自己に内在する不安からの脱却とか、自己充足的な活動とみなした場合、こういったことと関連してくるのではないかと思います。
攻撃は当然相手の報復の危険をもたらすのでしょうが、報復に対する不安から攻撃が一層激烈で容赦ないものとなる悪循環が成立してくるようにも感じます。これも多分、人のもつ記憶・同一視・投射からくるのではないでしょうか。
「人は山の中で孤独になるのではなく、群集の中で孤独になるのだ」といった言葉がありますが、他と関わりなく孤立存在することは、個人にとって耐え難いものがあり、また集団にとっても、継続的に存続維持することそのものが不可能だろうと思います。集団が集団足りうるためには、組織規範と外界規範といったダブルスタンダードにおいて外界に向かって攻撃を仕掛けていくことがカタルシスにつながっていくということにもなるのでしょうか。カルトがカルトたる所以は、そういったところにもあるような気もします。
集団間の葛藤に問題を転じますと、比較的固定した支配的序列が、新しい異質な侵入者によって、結果的に集団内のシステム崩壊につながっていくといった前兆段階において、攻撃性の亢進や触発が起きるということかもしれません。外界に向かって・・
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