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つぶやきすれっど2

1060愚鈍凡夫:2004/10/04(月) 08:23

以前、「不動・愛染感見記」が話題になったとき、正月1日の日蝕が話題になったことがありましたが、その後、少しずつ調べていたのですが、じつは、蓮祖在世に一度だけ正月1日の日蝕があったようなのです。"よう"というのは、その日はあいにく昨晩から雨模様で、鎌倉では日蝕は見えなかったようなのです(蓮祖はこの頃、安房にいたと思われますが)。
そして、それは1254(建長6)年1月1日のことではなく、1265(文永2)年1月1日のことで、「不動・愛染感見記」が著されたとされる11年も後のことなんですよ。 ( ̄ヘ ̄)ウーン
まぁっ、ちなみにこの日の吾妻鑑を引用すると、

正月1日 辛未
 日蝕なり。然れども去る夜より雨降り、蝕見えず。仍って御所を裹むに及ばず。椀飯(左典厩御沙汰)を行わる。但し御簾を垂れ出御無し(土御門大納言催すに依って、構え参らるると雖も、用意ばかりなり)。御劔役人は越後の守實時、御調度は越前の前司時廣、御行騰沓は秋田城の介泰盛。
   一の御馬 陸奥の十郎忠時     工藤次郎左衛門の尉
   二の御馬 越後の四郎顕時     武藤三郎兵衛の尉
   三の御馬 城六郎兵衛の尉顕盛   同九郎長景
   四の御馬 筑前四郎左衛門の尉行佐 同五郎左衛門の尉行重
   五の御馬 相模の七郎宗頼     工藤三郎左衛門の尉

やはり、「不動・愛染感見記」は偽書であると判断せざる終えないのでしょうね。


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