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法華経について
315
:
パンナコッタ
:2008/08/03(日) 20:48:00
所謂、逆縁・毒鼓の縁のことですね。
各々詳細な事については諸賢のご指摘があると思いますので、自分からは大ざっぱな外殻のみを。
波木井三郎殿御返事は、日興写本の南部六郎三郎殿御返事の事ですね。また呵責謗法滅罪抄は
真偽未決の録外ですので、真蹟からの引用で順を追って見てみましょう。
「不軽菩薩の悪口罵詈せられ、杖木瓦礫をかほるも、ゆへなきにはあらず。過去の誹謗正法のゆへかとみへて
其罪畢已 と説かれて候は、不軽菩薩の難に値ふゆへに、過去の罪の滅するかとみへはんべり」
「過去の不軽菩薩・覚徳比丘なんどこそ、身にあたりて読みまいらせて候けるとみへはんべれ」 転重軽受法門 文永八年十月五日
「過去の不軽品は今の勧持品、今の勧持品は過去の不軽品なり。今の勧持品は未来は不軽品為るべし。其の時は日蓮は即ち不軽菩薩為るべし」 寺泊御書 文永八年 十月二十二日
佐渡への護送中、蓮祖は不軽に自身を投影させ、其罪畢已から難に逢う意味を見いだしていますね。そしてその後、
「末法に於ては大・小・権・実・顕・密共に教のみ有りて得道無し。一閻浮提皆謗法と為り了んぬ。逆縁の為には但妙法蓮華経の五字に限るのみ。
例せば不軽品の如し。我が門弟は順縁、日本国は逆縁なり」 法華取要抄 文永十一年
「今は既に末法に入りて在世の結縁の者は漸々に衰微して、権実の二機皆悉く尽きぬ。彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」 曾屋入道殿許御書 文永十二年三月十日
と、逆縁で在る事を示しています。
また不軽菩薩の話では、増上慢の四衆は謗法の罪により千劫の間地獄に堕ちたが不軽の逆縁により成仏が決定し
過去の不軽が今の釈尊であり増上慢の四衆は今の列衆の四衆であるという概念の元での、良観に対する蓮祖の口撃
であったと思われます。(それでも実際は、かなり感情的になっていたようですが)
「仏は法華経謗法の者を治し給はず、在世には無きゆへに。末法には一乗の強敵充満すべし、不軽菩薩の利益此れなり。各々我が弟子等はげませ給へ」 諫暁八幡抄 弘安三年 十二月
そして、こんな認識に至ったようですね。
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