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法華経について
303
:
犀角独歩
:2008/06/17(火) 21:51:44
一字三礼さん
安直な質問の仕方でした。
失礼しました。
> ①『法華経』は、二十七品(二十八品)が同時に製作されたものとお考えですか。
考えません。
御説のとおり、方便品からだろうと。それも偈が先行し、散文があとかと。
> ②『法華経』の各品が製作された土地は一ヵ所であり、かつ、編纂された場所も同じだとお考えですか。
考えません。
バーミヤンの近くといった話に興味が惹かれますが、原法華経といわれる部分も増広も、どこで製作され、編纂されたか、場所は1カ所である、同一箇所でないだろうと。ただし、憶測の域を出ません。
③『法華経』二十七品は、一時代の一人の人間が製作したものとお考えですか。もしくは、一時代の1グループの製作したものとお考えですか。
考えません。
西暦前100年から150年という時間経過があってもおかしくなく、特に護持グループが単一であるとも考えがたいように思えます。理由は、特に法華経を継承したようなグループが特定されていないからです。
④『法華経』二十七品全体は、一時代の一人の人間、もしくは1グループの製作意図で貫かれているとのお考えでしょうか。
考えません。
内容的には、集成、悪い言葉で言えば寄せ集めといった印象を懐きます。一貫性を欠くように思えます。内容がそうであれば、一人の人間…一人の人間であれば一時代となります…が製作した可能性はなく、編纂であっても、さて、どうかという思いがあります。
以上の如くです。故に「いつ・どこで・だれが」とは、原法華経の偈、また、その増広の散文、さらに他のそれぞれの章の偈、散文がまでは製作として、その後の編纂はまた、同じように「いつ・どこで・だれが」といった具合に、どこまで、予想がつくのか、一字三礼さんのお考えをお聞きしたいという意味でした。
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