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法華経について
228
:
マターリ
:2008/05/18(日) 14:41:28
>犀角独歩さん、
常不軽菩薩と、地湧の菩薩の違いを考えながら、法華経を読んでみまし
た。常不軽菩薩は、全ての人々の仏性を信じ、誰に対しても尊敬し礼拝
します。しかし、地湧の菩薩については、その特性がはっきり書いてあ
りません。
地湧の菩薩に関しては、その膨大な人数こそが重要なのだと思いました。
如来寿量品第十六に、久遠実成の釈尊が書かれています。しかし、唐突に
久遠実成が説かれているので、不思議に思いました。また、この品には
久遠実成の根拠が書いてありません。
次に地湧の菩薩について調べようと、従地湧出品第十五を読んでみまし
た。すると最後の方で、久遠実成の理由付けがわかりました。つまり、
釈尊が悟ってから、たった四十余年の間に、信じられないほど多い、地湧
の菩薩を教化できるわけがない、ということでした。
久遠実成の理由付けのために、地湧の菩薩が書かれていると思います。
安楽行品の内容と常不軽菩薩の特性は、よく似ていると思います。
勧持品の内容と、地湧の菩薩の関連性ですが、地湧の菩薩の特性が明記
されていないので、よくわかりませんでした。
常不軽菩薩=摂受、地湧の菩薩=折伏、と教わってきました。しかし法華
経を見る限り、地湧の菩薩=折伏という考え方は浮かんできませんでした。
法華経では、常不軽菩薩を理想像としていて、「耐え忍ぶ」ということに
力点が置かれていると思います。
勧持品は、過激な内容だと思っていましたが、最後に、「耐え忍ぶ」という
言葉が出て結論付けているので、安楽行品との共通性があると思いまし
た。
ただ、勧持品の「不自惜身命」という言葉ですが、これは原始仏教や小乗経
の「殺すなかれ」と違背するので、仏教とは違う、他宗教の考え方が紛れ込
んだのではないかと思っています。
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