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法華経について

212一字三礼:2008/05/09(金) 21:51:47

〉方便品のいう「三乗」は対立する「大・小乗」の意味ではなく、部派の三種の修道であろうとおもいます。

ご意見に賛同します。

先にも書きましたが、方便・譬喩等、『法華経』最初期に成立したと考えられる品では、部派教学をそのまま採用していて、なんら新教説を付け加えているわけではありません。最初期成立部分は、その成立が極めて古いことと、「八千頌般若経」に対する批判から、ストイックに部派の教説だけで成り立っているので、「空・中道」などの概念はほとんど使われません。

仏典の資料から見ましても、大乗側が小乗を貶すことはあっても、小乗側は大乗をほとんど相手にはしていませんでした。ですから、「方便品」でも大乗・小乗が対立していた、という構図は見えてきません。むしろ方便・譬喩などは、痛烈に大乗(八千頌般若経)を批判しております。

〉方便品の教説は仏と羅漢の相違が能力・知識の問題のみであるとする大小乗共通の正統的な理解を前提にしているようにおもいます。

この点も仰るとおりであろうと思います。

「方便品」を論拠とした声聞たちへの授記の条件として、仏は新たな法門や修行法を開示しませんでした。

先に挙げました授記の条件である「随宜所説」(saṃdhābhāsya)や「信解」(adhimuktī)などは、言わば‘視点を変えた心の持ちよう’を説いたに過ぎません。三車火宅・長者窮子などの比喩からでも、それは明らかでしょう。


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