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法華経について

211マターリ:2008/05/09(金) 21:13:45
途中で大変申し訳ありませんが、安楽行品と勧持品の差について、お伺い
したいと思います。

このニ品は、全く考え方が違っているように感じます。日蓮も「水火の如
し」と言っています。安楽行品は、伝統仏教に沿っていて穏やかです。
スッタニパータと比較しても、あまり差がなく、納得できる内容です。

一方、勧持品は、迫害の歴史が書いてあり、感情的で過激な内容です。

一字三礼さんのお話を伺うと、法華経は200年くらいの年月をかけて編纂
されたようです。ひょっとして、法華経グループが穏やかだったころ、
安楽行品を編纂し、過激な時代に勧持品を編纂したのではないかと思って
いました。

しかし、田村芳朗「法華経」によれば、安楽行品も勧持品も、成立年は、
およそ西暦100年ころで、ほとんど同じということです。

ということは、法華経グループの中に、穏健派と過激派が同居していて
それぞれ勝手に、相反する経典を作ったような気もします。どちらかの
勢力が少しでも強ければ、経典の内容を統一できたと思います。しかし
ほぼ同じ勢力だったため、互いに相手を認めざるを得なかったのでは、
という仮定を考えてみましたが、いかがなものでしょうか?

また勧持品は、法華経グループ以外の人々や僧は、どうしようもない、
と、怒りを込めて書いてあります。排他主義と選民思想が入っている
ような気がします。犀角独歩さんのお話によると、法華経に出てくる
観音菩薩は、マリア信仰に関係があるようです。
勧持品の著者が、ユダヤ教の排他主義と選民思想に影響されていたの
ではないか、と、ちょっと考えてみましたが、いかがでしょうか?

勧持品では、最後に決意表明をしています。これで読者がすっきりするか
と言えば、そうではありません。前文の、迫害に対する怒りの表現が、
あまりにも強いため、読者には怒りの気持ちが強烈に残ると思います。

ラストに、常不軽菩薩の話を入れれば、物語としてまとまったのでは、
と感じます。「法華経グループ以外の人々や僧は、一見どうしようもないが
実は、皆、菩薩道を行じて仏になる人々である。」と書けば、読者の怒りも
静まり、穏やかな気持ちになったと思いますが、いかがでしょうか?


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