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法華経について

170犀角独歩:2008/04/24(木) 05:02:16

一字三礼さん

仰っていることが、よくわかりません。

「思想的源泉として成立」させることは、既に創作活動ではないでしょうか。

いまから、たった100年前まで、経典はすべて釈迦が説いたものであるから、事実であると信じられていました。しかし、実際は、釈迦の死後、数百年を経て、作られたものであったことが判明してきた。つまり、こうした経典類は、種々のモチーフから創作されたものであったと書くことに、何の問題があるのか、理解できません。

この創作の制作過程がどのようなものであったかを、「経典で使われる表現やその思想的な源泉を、過去の思想から探る、という方向性」というのであって、何らストップするものはありません。ストップするのは、創作された非実在の出来事を、事実としてとらえてきた神話的解釈だけです。

そうしてこうした段階を探ることを、わたしは創作の制作過程と見なしますが、結果的に言えば、169に記されたような思想経緯、経年変化を探る結論は違いはありません。

創作か事実かを探ることに意味がないというのは、一字三礼さん個人のお考えであって、何ら妨げるものではありませんし、また、わたしは、これら経典群を創作作品の制作過程を探るという視点から見ていくことに、わたしなりの意義を感じております。つまり、わたしにとっては、充分に意味のある作業です。


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