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法華経について

161犀角独歩:2008/04/22(火) 02:32:12

根拠という点で、時系列を考慮する必要がありませんか。

菩薩(六波羅密)という考えは、本来、仏教のなかになかった考えでしょう。それと併せて、王家皇太子といった俗時代を美化するという考えは、では、なぜ、加筆されていったのでしょうか。

初期教団において出家する人々は、在俗世を捨てる出家と八正道の実践という二大コンセプトによって苦滅を目指したのではないでしょうか。つまり、阿羅漢です。そこには救済者(菩薩)と思想も、俗時代への美化もありませんでした。皇太子→沙門→仏陀という順番です。しかし、菩薩は仏陀に一番近く位置するのであって沙門→皇太子→仏陀となっています。こうした仏伝記述の逆転が、なぜ起こったか。菩薩観への転換です。

以上の時系列を無視すれば、恰も当初より、菩薩観が仏教にあったような印象を懐くことになりますが、菩薩思想が後天的なものであればこそ、大乗(菩薩)が小乗(阿羅漢)を簡ぶ思想が隆起したのではないでしょうか。

釈迦は王家の皇太子であったから尊いのではなく、その身分を捨てて、出家したからこそ尊いわけです。それにもかかわらず、なぜ、王侯貴族商人の俗人の像のほうが尊ばれるようになったのかということです。

仏像と菩薩像という二つは、実際の釈迦の生涯から考えると、むしろ、尊ばれてきた修業時代、つまり、本来、徳を積む出家者としての造形がそこには少しも反映されていません。元来、仏教は高貴・富裕を離れることに修行があったわけですから、そこに大きな変化が生じています。

以上のような時系列で変化が起き、いわば清貧の思想から、高貴富裕への目標変化が生じた。出家修業時代の釈迦より、それ以前の王子であった釈迦のほうが、もてはやされる変化です。その絵像を作らせた人々は、では、どのような人々であったかということです。

どうも、うまく話が伝わらないのですが、 王侯貴族豪商の人々が、自分たちの身分と生活を「王子」という姿で菩薩を表現していくということは、自分たちの身分と生活を肯定的に反映したものではないかということです。


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