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法華経について

158一字三礼:2008/04/21(月) 22:01:44

落ち着いて双方の論拠をはっきりさせましょう。

すくなくとも初期に制作された菩薩像、宝冠や大きな耳飾り、臂釧、腕釧、瓔珞などを付けたものはやはり、皇太子時代の釈尊の‘王子’の姿をモデルとしていると考えるべきでしょう。

初期菩薩像が僧形をとらない理由は、部派の教義上の菩薩観にあります。

部派(説一切有部)の論では、阿羅漢への道とは別に、仏に成るための菩薩道も説いております。

菩薩たらんとする人は、
① まず三阿僧祇大劫のあいだ、六波羅蜜の修行を積み、多数の仏たちに供養をする。この六波羅蜜の行によって、有情のために大慈悲の行ないをするための無量の徳がたくわえられる。
② その後、南閻浮提に生まれて、百大劫のあいだ、さらに別種の修行を重ねる。これは、三十二相を具備するのに必要な徳を積むためである。
③ 以上の二種類の修行を終えた菩薩は、もはや三悪道に落ちることがない。すなわち人間か天の境遇に生まれ、つねに富貴の身となる。彼は有情を利益して大慈悲を行なって倦まず、人のために‘無給の使用人’となる。

上記の②が本生譚にあたり、多くの仏伝として残っております。

ここで重要なのは、部派では、菩薩といえども欲望を滅し尽くした存在とは考えなかったことです。当然、輪廻転生を重ねることで徳を積む必要があるのに、四向四果に入ってしまっては、輪廻転生が叶わなくなるからです。

そこで、菩薩と阿羅漢とを明確に区別するために、出家前の釈迦をモデルとして菩薩像を作ったのです。

バラモン青年・善慧(釈尊)に燃燈仏が授記をする「燃燈仏授記」の話は、仏伝のほとんどに登場しますので、部派の僧侶たちが、菩薩信仰に熱心であったとしても不思議はないでしょう。

弥勒菩薩も『長阿含経』の「転輪聖王修行経」で、すでに釈尊から授記されているので、釈迦菩薩に準じた、‘王子’の姿で菩薩像が作られたと考えます。

その後に登場する、観音・文殊・普賢等の‘大乗の菩薩’たち、独自の性格と働きを備えた存在ですから、独自の持物や特徴を持つようになったと考えられます。


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