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法華経について
143
:
一字三礼
:2008/04/19(土) 22:53:56
142からつづく
法華経で、仏塔に言及される個所は、序品・方便品・授記品・法師品・見宝塔品・提婆達多品・分別功徳品・如来神力品・薬王菩薩本事品等挙げられるが、チャイティヤ建立を勧めるのは、法師品・分別功徳品・如来神力品の三品だろう。その該当箇所を挙げてみよう。
「薬王、在在処処に若しは説き若しは読み若しは誦し若しは書き若しは経巻所住の処には、皆七宝の塔を起て極めて高広厳飾ならしむべし。復舎利を安ずることを須いず。所以は何ん。此の中には已に如来の全身います。此の塔をば一切の華・香・瓔珞・・蓋・幢幡・妓楽・歌頌を以て、供養・恭敬・尊重・讃歎したてまるつべし。」(法師品)
「阿逸多、若し我が滅後に、諸の善男子・善女人、是の経典を受持し読誦せん者復是の如き諸の善功徳あらん。当に知るべし、是の人は已に道場に趣き、阿耨多羅三藐三菩提に近づいて道樹の下に坐せるなり。阿逸多、是の善男子・善女人の若しは坐し若しは立し若しは経行せん処、此の中には便ち塔を起つべし。一切の天人皆供養すること、仏の塔の如くすべし。」
「其の所住止の処 経行し若しは坐臥し 乃至一偈をも説かん 是の中には塔を起てて 荘厳し妙好ならしめて 種々に以て供養すべす 仏子此の地に住すれば 則ち是れ仏受用しまもう 常に其の中に在して 経行し若しは坐臥したまわん」(分別功徳品)
「所在の国土に、若しは受持・読誦し解説・書写し、説の如く修行し、若しは経巻所住の処あらん。若しは園中に於ても、若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、若しは白衣の舎にても、若しは殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、是の中に皆塔を起てて供養すべし。所以は何ん、当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり。諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於て法輪を転じ、諸仏此に於て般涅槃したもう。」
上記の経文は、三品とも同じ内容の記述である。それを要約すればこうだろう。
「持経者が法華経の修行をした場所であれば、例えそれがどのような場所であれ、塔(チャイティヤ)を建てて奉るべきである。そこは仏が居ますが如く、また八相を現じているが如くに神聖な場所であるから」
これら三品の記述にみるチャイティヤは、神聖な場所に建てられる‘聖樹’としてのチャイティヤそのものである。現代的な表現をすれば、聖地に建てられる‘ランドマーク・タワー’というところだろう。
また、上記漢訳経文でも、よく読んでもらえればわかることだが、解りにくければ現代語訳と対照して読んでもらいたい。そうすれば、‘経典が安置された仏塔’などという記述がないことがわかるだろう。
布施氏が『法華経成立史』を書いた昭和7〜8年であれば、考古学的資料や梵文資料は現代とは比較にならないほど少なかったであろう。その意味で、彼の研究を責めるの酷かもしれない。しかし、現代の法華経研究者が布施氏の仏塔論、もしくは彼と同じような趣旨の論法を、未だに無批判で使用するのは怠慢というほかない。もう少し、漢訳でも現代語訳でも構わないので、法華経を読み込む努力をしてもらいたいと思う。
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