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法華経について

109犀角独歩:2006/05/04(木) 11:14:21

一字三礼さん

> Saddharma-pundarikaに換わるので、場所はGrdhrakutaでなければならなくなる、ということも仰っておりましたね。

そうでした。未だ講義部分には入ってきませんが、Thatagatayus-pramana を中心とするグループでは、三つの信仰要素と、一つの修行要素によって構成されているように思えます。すなわち、久遠成道の仏、聖典信仰、宝塔。そして、経典弘経。

また、創作者の様子は、たぶん、突然地面からわき出したとする地涌菩薩に投影されているのだと思えます。ある時、突然、自分たちの聖典を弘教しようとした集団があった。彼らは、仏はインドに500年(あるいは50年前)に現れ滅度したのではなく、実は思惟もできない遙か過去に仏になっており、その仏には最初に弟子にした菩薩の集団があった。その菩薩に滅後の弘教を託した。わたしたち(創作者とその実践者)は、その特命の基づいていま弘教している…。

>…多宝如来は「滅度の後」に、その誓願の通りに続けているという設定です。

この点は一字三礼さんにご指摘いただくまで、気が付いていませんでした。
たしかにタブーに抵触しているわけですが、このような点から、また、外から摂取された可能性も裏付けられるのだろうと思えました。

> 多宝如来…後の三身説に当て嵌めれば「報身」

初期大乗経典である法華経は、三身説を意識されて創作されていないわけで、この点を言うと、もっとも天台教学から読む人々から抵抗に遭うところですね。わたしは、もちろん、三身説によっているはずがないと考えています。ただし、この法華経における「非滅現滅」という仏の描写は、その後の法身の様態に少なからぬ、影響を与えたのではないかと考えています。つまり、三身説に基づいて法華経が書かれたのではなく、法華経の描写が三身説にアイディアを与えたという時系列です。

台学の三身説では、釈迦:阿弥陀:毘盧遮那=応身:報身:法身に宛てる等が見られた記憶しますが、しかし、法華経の原文から見ると釈迦:多宝:経典(蓮華法)が、三身論という既定概念から見ると、配当されているのではないのかとすら思えてしまいます。故に仰るところは、わたしなりにもそう思えます。

釈迦・多宝の二仏というのは、その後教学的解釈はさておいて、創作者の意図として、仰るような、白蓮と紅蓮、天(太陽)と大地、男と女、明と暗、生と死といったセット化した対概念を予想したものであると感じます。もちろん、多宝如来が女性かといえば、これは仏教ですから、そうはなりませんが、そのモチーフとしたところは大地母神という女性原理であったということです。


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