[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
本尊と曼荼羅
65
:
問答迷人
:2005/05/02(月) 07:49:32
『曼陀羅』『御本尊』『妙法五字』『教主釈尊』
この四つの主要な言葉が揃って述べられている真蹟御書は、新尼御前御返事(文永一二年二月一六日
五四歳)しかありません。この御書からA〜Dの四箇所の文を取り出して、まんだらの目的を考えてみました。
A 『今此の御本尊は教主釈尊五百塵点劫より心中にをさめさせ給ひて、世に出現せさせ給ひても四十
余年、其の後又法華経の中にも迹門はせすぎて、宝塔品より事をこりて寿量品に説き顕はし、神力品嘱
累品に事極まりて候ひし』
B 『我五百塵点劫より大地の底にかくしをきたる真の弟子あり、此にゆづるべしとて、上行菩薩等を
涌出品に召し出ださせ給ひて、法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字をゆづらせ給ひて』
C 『此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存ぜば、諸王は国を扶け万民は難をのがれん。乃至後生の大
火災を脱るべしと仏記しをかせ給ひぬ。』
D 『御事にをいては御一味なるやうなれども御信心は色あらわれて候。さどの国と申し、此の国と申
し、度々の御志ありてたゆむけしきはみへさせ給はねば、御本尊はわたしまいらせて候なり。』
Ⅰ Aにおいて、この『御本尊』が『教主釈尊』の心中に収められて来て、法華経本門で初めて説法された『御本尊』であることが述べられています。つまり、『御本尊』は『教主釈尊』の所持されている『法」という関係。
Ⅱ 『法華経本門で初めて説法』というAの意味と、Bの「法華経の本門の肝心」という文を同義と捉えると、『教主釈尊』の所持の法たる『御本尊』とは『妙法蓮華経の五字』、という文脈であろうと思います。
Ⅲ Cの「五字の大曼荼羅」とは、蓮師曼陀羅をさすと思われますから、『妙法蓮華経の五字』=『御本尊』を中尊として表わされた字像曼陀羅を指すと思われます。
鄽 Dの「御本尊をわたしまいらせ」との表現における『御本尊』とは、Cの「五字の大曼荼羅」が『御本尊』たる『妙法蓮華経の五字』を表わしていることから、字像曼陀羅を直ちに『御本尊』と呼ばれているものと思われます。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板