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本尊と曼荼羅
627
:
犀角独歩
:2006/11/05(日) 15:15:09
独学徒さんの掲示板を拝見したところ、『報恩抄』についてのれんさんとの議論がありました。わたしも考えるところがあるので、投稿させていただこうと思いましたが、すでにできなくなっていましたので、こちらに記すことにいたしました。
http://bbs6.fc2.com/php/e.php/fujikyougaku/
「は日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦多宝、外の諸仏、並に上行等の四菩薩脇士となるべし」(定P1428)
れんさんが「本尊としての“本門の教主釈尊”とその脇士となる“宝塔の内の釈迦…”とはいかなる関係にあるのでしょうか?この二重の釈迦の記述、そこのところがしっくりこない」と疑問を呈してお出ででした。
この点は、わたしも、問答さん方と過去に議論をしました。
管見では、二重の釈迦というより、釈迦と釈尊の相違が、ここにあるのだと考えます。便宜に従って慣習的に用いられている成句をもって記述します。霊山虚空宝塔の釈迦とは近成の仏であり、いわば迹門・宝塔品の辺、比して釈尊とは久成五百塵点久成の本門寿量品の辺。同仏には違いありませんが、天地雲泥の相違を日蓮は書き分けたのではないでしょうか。
(記すまでもありませんが、釈尊とは釈迦牟尼世尊の略ですから、釈迦には違いありません。つまり、牟尼世尊という尊称の有無で書き分けているわけです)
たとえば、『一代五時鶏図』では、倶舎・成実・律、法相・三論と天台と各宗を挙げ、通じて釈迦如来を本尊と記します。けれど、最初の三宗は劣応身、次の二宗は勝応身、天台宗では「久遠実成実修実証の仏」と付記します。名前が同じでも、ここに厳然たる差があります。(同P2341)
つまり、本門教主釈尊は、迹門宝塔品から事起こる近成の段階の釈尊(迹門)を基として証される故に、この記述となっているのではないでしょうか。対して釈尊は久成(本門)の証です。
そもそも二重に名前が出ることがおかしいとなると、上行と日蓮、同一体であれば、両方の名が載ること自体おかしいことになります。日教の教学などでは、互為主伴をもって捌かれるところですが、この点も、問答さん、愚鈍凡夫さん、また顕正居士さんなどと一年半ほど前に議論した点でした。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/119-
なお、「本尊図」について、独学徒さんの漫荼羅とは別に興門に伝わるのではないかという推論は興味深く拝読しました。
わたし自身は興門所伝の、仏像奉安を「漫荼羅の図の如し」という点にはまったく懐疑的です。かつては、この所伝を受け、大本門寺の仏像奉安、ならびに堂塔伽藍配置を想像したこともありましたが、現段階では寿量仏像奉安と漫荼羅図は別立てと考えます。要は示そうとするものが違うということです。
れんさんが仰るとおり、妙法蓮華経は像で形貌を造ることはできません。となれば、揮毫ということになりますが、そもそも、仏像造立に文字を置かなければならないとするのは、仏像奉安=漫荼羅図という固定観念による短絡であるとわたしは考えます。その意味での、興門所伝への懐疑です。
考えるに、漫荼羅相貌中で重要な「日蓮」は御影像で表すことはできても、しかし花押(判形)は表せません。殊に花押とは本人の証なのであって、日蓮以外が記した花押は模写であって何の証にもなりません。妙法蓮華経・日蓮花押とは漫荼羅の証であるのに対して、寿量仏像には四菩薩が証であるという差異が、ここにあるのではないですか。つまり、仏像奉安と、漫荼羅では、素よりその役割が違うので、漫荼羅を立体化したのが仏像であるという考え自体はなはだ短絡と言うしかないと、わたしは考えるわけです。
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