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本尊と曼荼羅
615
:
犀角独歩
:2006/10/30(月) 08:11:37
一晩経って、読み直すと、自分の文章ながら、気に入らぬところが目に付くものです。
> 先序の本尊を通じて語ったものに過ぎなかった
この表現は意を尽くしていません。少し補足します。
┌法華経の題目=法華全編の題名
└─本門の題目=従地涌出品第15〜普賢菩薩勧発品第28の題名
文字通り読めば、上記のごとくなります。先の独学徒さんとの議論でも引用しましたが、「本迹雖殊不思議一」(文句)と至極されるのにもかかわらず、敢えて本門立てに日蓮は論じるわけです。
「師に握拳なし」ということは、日蓮には言えないわけです。
顕説と密事ということが適宜な表現かどうか一考の余地はありますが、いまは、これを採ります。仮に『本尊問答抄』が真蹟であったとすると、日蓮は顕説として法華経題目本尊を表にし、四菩薩にかかる密事として三法門を立て、ここに一重立ち入り迹門を簡んで本門立てに本尊と題目を論じたのではないのか、という仮説をわたしは考えたということです。
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