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本尊と曼荼羅

596独学徒:2006/10/23(月) 21:34:54

犀角独歩さん、

594での御教示、誠にその通りと思いました。

>では、日興が「本門寺奉懸」と記した漫荼羅がかかっているのでしょうか。

これにつきましては、それを証明する資料は全く存じ上げません。
憶測の域を出ませんが、当初は安置され、やがて宝蔵へしまいこまれたのかと想像はしています。
それでも日興添書のある大漫荼羅が他門あるということは、奉掲していたどころか売ってしまったという、全く犀角独歩さんの御指摘を裏付ける事実のみ明確なところは、なんとも言い訳もできないところであります。

私は、本門本尊が為政者によって造立され、本門戒壇も為政者によって建立されるとなりますと、蓮師の残したものは本門題目のみということになります。
しかし大漫荼羅は未曾有のものでありますし、それ相応の用途があったのではないかと思えてならないのです。
そのため真言における曼荼羅の用途を、執拗にお聞きしたりしていました。
「摩訶止観」、凡夫が心(摩訶)を止まって(止めて?)観る為の道具か。もしくは「観心本尊」、凡夫が心に本尊を観るためのイメージトレーニングの道具か、などを愚考し、意見させていただきました所存です。

「戒壇」と「道場」の意義の違い、御指摘ありがとう御座います。
大漫荼羅奉掲の場所を持って「戒壇」とする愚考は、国主帰依無きゆえに、本門本尊はないけれども、大漫荼羅奉掲の場所を「戒壇」と考えれば、後代の門下が叡山に行かなくとも受戒を受け出家得度する場所は確保できる。
そんな発想も成り立つのではないかとの愚考でもあります。

>また、日興、そして、日目、日郷が天奏にかくも執念を示したのでしょうか。

私もこれらの天奏は、「本門戒壇」建立の懇願とずっと思っていたのですが、ここ数日は「本門本尊」造立の懇願ではないかと考え始めているところです。
つまり「本門本尊」未成就のため、天奏を繰り返したのではないかと。
それがいつの間にか、大漫荼羅をもって「本門本尊」との誤解がはじまり、それによって「本門戒壇」未成就の思想に代わっていったのではないかと愚考し始めたところです。

>かりそめの道場と荘厳する具として、漫荼羅奉懸はあったのではないかと想像します。

これも非常に頷けるご投稿です。
本門本尊が国主造立とすれば、各地の門下・信徒のところでは、特に一尊四士の造立のできない場所では、大漫荼羅奉掲をもって道場を荘厳することは、もっとも自然な感じがします。

ここ数日の議論は、私は何一つ資料を使いこなせることなく、愚考を書き連ねる状況が続いております。
これも私が、何もわかっていない何よりの証左かと存じます。
お付き合いいただいております、犀角独歩さんの学恩に心より感謝申し上げる次第です。


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