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本尊と曼荼羅

588独学徒:2006/10/22(日) 17:21:48

犀角独歩さん、引き続きの御教授ありがとう御座います。

誠に怠惰ながら、興風談所の「御書システム」の力を借りて、日蓮真蹟遺文(曾存・直弟子写本も除外)に限って、なおかつ「観心本尊抄」執筆後という条件で検索しますと、法本尊をうかがわせる文言は「上野殿母尼御前御返事」に記される内容として以下のものがありました。

『後七日を仏弟子に渡して祈らせしに、馬鳴と申す小僧一人あり。諸仏の御本尊とし給ふ法華経を以て七日祈りしかば、白鳥壇上に飛び来たる。』

ここでは法華経をもって、「諸仏の御本尊」と述べられています。
但しこれは、「経」をもって「法」と考えた場合のことです。

また「漫荼羅」をもって「本尊」とすることをにおわせる記述として、「是日尼御書」の以下の文言が確認されます。

『又御本尊一ふくかきてまいらせ候。霊山浄土にてはかならすゆきあひたてまつるへし。恐恐謹言。』

これら「法本尊」「漫荼羅本尊」をうかがわせる文書が希少なのに比べ、「釈迦仏本尊」については、「善無畏抄」や「報恩抄」のほか、「法華行者値難事」においても、次の如く述べられています。

『追って申す。竜樹・天親は共に千部の論師なり。但権大乗を申べて法華経をば心に存して口に吐きたまはず〈此れに口伝有り〉。天台・伝教は之れを宣べて、本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字と、之れを残したまふ。所詮 一には仏授与したまはざるが故に、二には時機未熟の故なり。』

この『本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字』から観取される「本門の本尊」は、まさしく釈迦仏以外に考えられません。

しかして、蓮師の教示に「法本尊」「漫荼羅本尊」という本尊観が皆無であるとは言い切れないものあるように感じられます。

加えまして、「新尼御前御返事」に多用される「此の御本尊」という表現は、文意からは「漫荼羅」を指しているように感じられます。
この点につき、御見解、御教授の程お願い申し上げます。


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