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本尊と曼荼羅

574文殊:2006/04/04(火) 01:16:29
「本門寺」建立運動が日興教学の核心でしょう。非寛容・非妥協の戦闘
集団を形成したことが他門から畏怖されることになったといえるのでは
ないでしょうか。日興はモーゼに資質が似ているかもしれない。本門寺
建立の理想郷のために門下に対しては絶対服従を強いた。師弟の契約が
重須に多数格護されている日興直筆の本尊授与であったといえます。
京都布教を果たした像門は民間信仰を包含した寛容的な教学を形成して
いったでしょう。三十番神信仰。時代に合わせた柔軟な教学解釈は京都
町衆の広汎な支持を集めた。現在の社会福祉活動につながっています。
これに対し、日興教団は少数精鋭の「選民思想」を有していたがゆえに
他門との間に蹉跌が恒常的に生じたと思われます。一尊四士本尊観は
来るべき本門寺奉安本尊、日興書写曼荼羅本尊は教団の縦のライン師弟
関係強化のためと日興は構想していた。西山・尊門は忠実に継承したが、
大石寺は重須への明らかな対決意識から曼荼羅本尊正意にと急激に傾斜
していったのでしょう。起源は日時と思われます。犀角独歩さんご摘示
の日興本人の像は日興の教団におけるカリスマ的権威・日興崇拝を現し
ているのでしょう。れんさんの資料収集の熱意に心を打たれました。
妙観文庫はなぜ法教院に遠慮しているのでしょうか。旧共産圏が次々と
新資料を公開しいる時節なのに、未だに石山圏は21世紀になっても
冷戦思考にとらわれているのでしょうか。


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