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本尊と曼荼羅

566れん:2006/04/02(日) 18:58:17
犀角独歩さん
>565
歴全の当該文に付されている句読点を参照して読み下しますと以下のとおりです。
「此の三大秘法は何者ぞや、本門の本尊とは当寺戒壇の板本尊に非ずや、其の戒壇の本尊の座す地は広布の至らざる迄は戒壇に非ずや、日興正傳の題目は本門題目に非ずや」
俊師の解釈につきましては、読んで字の如くだと思います。

文殊さん、ご教示有難うございます。
>日寛自身、大石寺再興にあたって何も相伝法門もなかったことはわかっていた…
初期石山において、相伝法門なるものがあったとすれば、それは六世日時師がれれまで伝えられてきた法門化儀を纏めたものと思います。日有の聞書拾遺に「此の大石寺は高祖より以来今に仏法の付属切れず次第して候間得給へる人様は仏法世間の御沙汰、高祖の御時に少しも違はず候。若しも世の末にならば高祖の御時の事、仏法世間ともに相違する事もやあらんとて日時上人の御時四帖見聞と申す抄を書き置き給ふ間我が申す事私にあらず、上代の事を違せ申さず候。他門徒の趣は代々の意楽意楽に各々に建立候間上代の事御存知なく候間一向細工事に成り行き候と云々」と述べている四帖等がそれです。日寛師の文段にせよ、六巻抄にせよ、それ迄にすでに巷間に流布されていた自山の条々事を含む興門の文献をもって自山の正当性を主張していますが、なぜか四帖をはじめとする自山分の“相伝”については引用しません。それは恐らく、六巻抄や文段は当時の檀林教学に則って組み立てたもので、自山分の四帖などはそれこそ貫主一人の秘伝として、公開しなかったものとみるのが至当と愚考します。


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