したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

本尊と曼荼羅

535文殊:2006/03/23(木) 22:52:41
天台は、六道・三界といった仏教的世界観に忠実に従い、そこに居住する衆生
の実在を踏まえて『法華経』の説示内容を解釈していることに留意する必要が
あります。天台三大部の議論の背景に経典の記述世界を認める立場といえます。
経典の記述世界を認めない近代仏教学とは径庭がある。そもそも論議の前提が
異なり噛み合わない。近代仏教学・原始仏教回帰・真蹟遺文絶対思想は分別心
に覆われているといえます。「思議を超えたことがらは、分別心を超えた最深
最奥より湧き上がる真に法を求める心に依って理解されなければならない」と
柏倉明裕氏は説示する。「印仏研」51・1。宗祖の法華経観・本尊観は仏眼・
仏智の対象であり、仏の認識・観察対象といえる。ご自身の随身一体仏
と弟子檀那に対する曼荼羅本尊授与は仏と三十七道品・三十二相・十八不共法
を完備しない凡夫とは界位が根本的に異なるゆえに相反するものはない。
「故自他行業自在無碍譬如魚練水鳥翔虚空」と寛師が「末法相応抄」に。
末法は正像前代と大きく異なり、散心ゆえに禅定・観仏・見仏修行が困難にな
り得道できなくなっている時節である。対境としての曼荼羅本尊が喫緊の要と
なったのでしょう。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板