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本尊と曼荼羅
528
:
れん
:2006/03/20(月) 09:36:37
またまた横レス失礼します。
日蓮図顕の大漫荼羅の用途について、顕正居士さんが525にて示された御賢察ご指摘の点とともに、特に個人授与の大漫荼羅については、日女御前御返事に
「宝塔品の御時は多宝如来・釈迦如来・十方の諸仏、一切の菩薩あつまらせ給ぬ。此宝塔品はいづれのところにか只今ましますらんとかんがへ候へば、日女御前の御胸の間、八葉の心蓮華の内におはしますと日蓮は見まいらせて候」(平成新修745ページ)
とあり、この記述により、釈尊の因行果徳の二法が具足した妙法五字の受持により、“宝塔品”が「八葉の心蓮華の内におはします」を見仏する(観心?)ための用途もあったのではないかとも愚考しています。
日蓮真蹟不現存ゆえの参考資料ながら日興・日源の写本が現存する本尊問答抄に「仏は所生法華経は能生なり」と法勝仏劣を述べているようですが、次下に「仏は身なり法華経は神(なましい)なり」と後世の門下教学で云々されるところの人法一箇の如き思想、原意的には生仏一如・法仏一箇の如き思想が見えますが、日女御前御返事の方が教学的に論述されていない分素朴で、案外大漫荼羅の用途の一側面を表しているのではないかと考えました。
話が変わりますが、今月17日に小松先生の日蓮聖人御遺文講義に初めて参加させて戴きました。参加を御許可いただいた福神研究所様、ご高配いただいた犀角独歩さん、そして、宗学の範囲ばかりでなく、仏典に対する幅広く深いご素養をもとに御賢察をご教示下さる一字三礼さんに重ねて深く感謝申し上げますものです。
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