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本尊と曼荼羅

526れん:2006/03/20(月) 07:31:21
横レス失礼いたします。
顕正居士さん
525の御見解に賛同いたします。
日尊は京都要法寺蔵の元亨四年正月八日付けの日興漫荼羅に「奥州新田蓮蔵阿闍梨弟子日尊」とあり、日尊は日目の弟子であり、日目も、日道等の他の日目の弟子も、当時の見解は本門寺の戒壇には日蓮大漫荼羅図に則った仏像安置であったろうと愚考します。
日代も葦名阿闍梨御房御返事(正本・西山本門寺蔵)に日尊の弟子日尹に「但御弘通之趣、如今者所存同申也」と述べ、次下に「中仏像造立事本門寺建立時也、未無勅裁、国主御帰依之時三ケ大事一度可令成就給之由御本意也、御本尊図為其也」とありますので、日尊・日代・日順の文献に見える広布時仏像造立・戒壇安置説は当時の初期興門(富士門)共通の見解であり、門祖日興自身の見解でもあったろうと愚考します。
しかして、顕正居士さんが525にて御指摘の通りの後世にこの思想が石山等において失われ、石山においては特に彫刻本尊の造立・登場と相成ったと、私も思います。


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