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本尊と曼荼羅

492彰往考来(しょうおうこうらい):2005/11/20(日) 16:20:34

491の続きです。

『地涌からの通信 別巻②歴史編』(179頁:原文は平成4(1992)年2月1日の『地涌』第373号)で公開されている本満寺日重が元和7(1621)年に顕した「臨終曼荼羅」などの座配図をみますと、その相貌には疑問点があります。それは「八大龍玉」が配座していることです。

http://www.houonsha.co.jp/jiyu/zuhan/373_1.html

そもそも「八大龍玉」について柳澤宏道師は「石山本尊の研究」(平成9年、はちす文庫、150頁)で、
「日目師書写本尊 本書二一番は勧請なし
日寛師書写本尊 本書二二・二三・二四番は「八大龍王」
日元師書写本尊 本書二五番は「八大龍王」
日量師書写本尊 本書二六番は「大龍王」
日英師書写本尊 本書二七番は「八大龍王」
日霑師書写本尊 本書二六番は「大龍王」
 (中略)
日寛・日元・日英の各師は「八大龍王」と書写しているが、原本である板マンダラには「大龍王」とあるのに何ゆえ「八大龍王」と書写したのであろうか。
殊に二二番日寛師と、二五番日元師のものには、書写年月日の後に「龍集」と書かれているが、これもまた奇異である。ちなみに聖祖の本尊に「八大龍王」とあるのは建治元年十一月の身延曾存のものと、弘安五年五月十五日の現在所蔵不明の二幅のみであり、座配も極めて特殊である」
と指摘しています。ここでいう二二番は亨保3(1718)年の御形木御本尊で「創価学会草創期に日蓮正宗入信者に授与されたもの」(80頁)で、二三番は亨保5(1720)年の栃木 浄圓寺蔵御本尊の御形木御本尊で「創価学会が独自に会員に授与している御本尊」(82頁)です。これらはもちろん導師御本尊ではありません。また“弘安五年五月十五日の現在所蔵不明”の御本尊がどれを指すのか不明ですが、弘安四年五月十五日の「大日本國衛護の本尊」(山川智應『本門本尊論』昭和48年、浄妙全集刊行会、235頁)に「八大龍王」の座配がありますので、多分これのことでしょう。「大日本國衛護の本尊」は『御本尊集目録』に入集した御本尊ではなく、見るからに偽筆の疑いがある御本尊です。つまり確実な蓮祖御真筆御本尊には「八大龍玉」の座配のあるものはないのです。
「石山本尊の研究」では第四世日道師から第二十五世日宥師までの御本尊が入集していないので正確なことは解かりませんが、「八大龍王」とあるのは第二十六世日寛師から第五十一世の間ということになります。途中、第四十八世日量師のように「大龍王」とされている先師もいますが、そもそも興師の御本尊では「八大龍王」とある御本尊はありませんから、「大龍王」とあるほうが自然で、第五十二世日霑師以後は「大龍王」となっています。『地涌からの通信 別巻②歴史編』(180頁:原文は平成4(1992)年2月2日の『地涌』第374号)にて公開されている日顕師の導師御本尊でも「大龍王」となっています。

http://www.houonsha.co.jp/jiyu/zuhan/374.html


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